コリ梅

130-妄想の韓国式寿司屋

 

 

「へい、オソオセヨ。1名様カウンターどうぞ」

 

な、なんだ……。いま、確か「オソオセヨ」って言ったよな。

なんで、いきなり韓国語なんだ、この店は……。

 

「お客さん、うちの店は初めてですか?」

「ええ、初めてですが……」

「うちは韓国式寿司屋なんですよ。日本式の寿司屋ではないんです」

「韓国式寿司屋?」

 

席に座ると同時に横からおしぼりを差し出された。

おしぼりを運んできた女の子は、色鮮やかなチマチョゴリを着ている。

 

「お飲み物はいかがなさいますか?」

 

チマチョゴリ嬢がにっこりと微笑んで言った。

 

「あ、え、えーと。ビール。ビールをもらおうかな」

 

驚きの余り声がうわずってしまった。

韓国式寿司屋というのもびっくりだが、

彼女がとても美人だったというのも大きい。

 

「ビールはハイト、カス、OBラガーとありますが」

「はあっ?」

 

またも頓狂な声を出してしまった。

顔が赤くなるのを感じる。

 

「じゃ、じゃあ、そのなんとかラガーっていうのを下さい」

「はい、かしこまりました」

 

僕はポケットからハンカチを出し額の汗を拭く。

ビールの注文でこれだけ動揺したのは初めてだ。

 

「お客さん。初めてでしたらお任せでいかがでしょう。その方が韓国式寿司をじっくり楽しめるかと思いますが」

「あ、そ、そうですか。じゃあお任せで」

「はい、かしこまりました」

 

オヤジが威勢よく寿司を握り始める。

と同時に、チマチョゴリ嬢がビールを持ってきてくれた。

ラベルには見慣れないハングルが書かれている。

 

「あい、すいません。ヒラメから」

 

まずは目の前にヒラメの握りが2カン出てきた。

何もかも違和感のある店内だったが、ヒラメの握りは普通だった。

それを見た僕は少しほっとした。

 

「味はついてますんでそのまま召し上がってください」

 

手でつまむべきか、箸で食べるべきか悩んだが、

韓国式のルールがわからないので、無難に箸で食べることにした。

やや大ぶりに切り付けられたヒラメを一口で放り込む。

 

と、その瞬間。

強烈なニンニクの香りが鼻腔の奥をガツンと殴った。

それに続いてゴマ油と味噌の香ばしい味。

 

「な、なんだこれは!」

 

僕はやっとの思いで飲み込み、反射的にビールをあおった。

 

「韓国では味噌で刺身を食べるんですよ。サムジャンといって韓国の味噌にネギ、ニンニク、唐辛子、ゴマ油などを混ぜています。それをワサビのかわりに使っているんですが、お口に合いませんでした?」

 

そう言われて、僕は考え込む。

寿司の常識から外れていることには間違いない。

臭いの強い味噌は魚の風味を損なうので、寿司屋では普通ご法度だ。

だが、これはこれでまずくはない。というよりも充分に美味しい。

 

僕は目の前にあるもう1カンのヒラメを口に入れた。

そのつもりで食べると、刺身にニンニクと味噌も悪くない。

醤油で食べるよりもヒラメの甘味を強く感じられる気がする。

 

「いや、びっくりしました。美味しいですね。これはこれで新鮮です」

「そうですか。それはよかった。じゃ、お次。マグロです」

「これにも味噌が塗ってあるんですか?」

「いえ、こちらは醤油でお召し上がりください」

 

僕は目の前の小皿に醤油を入れてマグロを食べた。

 

「むぐっ!」

 

マグロが冷たい。というよりも凍ったままだ。

シャリシャリした歯触りは出来の悪い回転寿司のようだ。

 

「冷たいでしょう。韓国では半解凍の状態のマグロを食べるんです。そのシャリシャリ感を楽しんでください。韓国ではネタのほうもシャリなんす」

 

オヤジは野太い声でゲハゲハと笑った。

 

「はい、どんどん行きますよ。テナガダコの軍艦巻き踊り仕立て」

「うわっ、う、動いてる。生きてますよ。これ」

「急いで食べてください。早くしないと軍艦から出てっちゃいますんでね」

「は、はい」

 

僕は軍艦巻きを手でつかんで口に持っていった。

軍艦のなかでブツギリになったタコの足がウネウネしている。

 

「これはいっぺんに2カンお出しできないんすよ。1カン食べてる間に、もう1カンがバラバラになっちゃいますんでね」

 

だが、僕に返事をする余裕はなかった。

口の中にへばりつく吸盤を舌ではがすのに精一杯だ。

 

「お次、アナゴいっちょう」

「…………」

「珍しいでしょう。日本式だと煮アナゴが普通ですが、韓国式は生で食べます。骨ごとザクザク切って酢を混ぜたコチュジャンをつけて……」

「…………」

「あれ、どうしました?」

「…………」

 

僕は必死になって身振りで訴える。

 

「ありゃ、いかん。テナガダコの吸盤がノドに貼り付いた? おーい、アガリ持ってきてくれ。急いで」

 

僕はチマチョゴリ嬢の持ってきたお茶をゴクリと飲み下す。

やけに香ばしい味のお茶だった。

 

「いやー、死ぬかと思いました」

「大丈夫ですか? なんせイキがいいもんで。すいません」

「このお茶はやっぱり韓国のお茶ですか?」

「ええ、メミル茶といってソバのお茶です」

「はあ、そうですか」

 

僕は目の前のアナゴをつまんだ。

えらく骨っぽい寿司だった。

 

「そろそろ締めてもらえます?」

「あ、そうですか。じゃあ、こいつを最後にどうぞ」

 

巻き物が出てきた。

 

「こいつがウチの名物、韓国カッパです」

「はあ、韓国カッパ……」

 

綺麗に6等分された巻き物が並んでいる。

キュウリの周りが赤く染まっていて梅キュウ巻きのようだ。

 

「うわっ。辛っ!」

「わはは、ビックリしたでしょう。キュウリのキムチが中に入ってます。激辛の巻き物で舌をさっぱりさせて帰るのが韓国式寿司の醍醐味なんです」

 

信じられないほどの辛さだった。さっぱりどころの話ではない。

僕はヒーハーいいながら、先ほどのソバ茶を慌てて飲んだ。

 

だがこれがまた大間違い。

辛いものの直後に熱いものでは舌の痛みが倍増する。

辛さがやわらぐどころか、火にガソリンを注ぐようなものであった。

 

「はちゃ、はちゃはちゃはちゃ!」

 

僕は犬のように舌を出し、辛さをなだめようと必死だ

そんな僕の姿を見て、チマチョゴリ嬢が小さく笑ったのが見えた。

 

 

20050521

 

 

 

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