コリ梅

104-妄想の韓国式ラーメン屋

 

 

「へい、オソオセヨ。1名様カウンターどうぞ」

 

な、なんだ……。いま、確か「オソオセヨ」って言ったよな。

なんで、いきなり韓国語なんだ、この店は……。

 

「ご注文は?」

ヒゲの大男が、水の入ったグラスを差し出す。

この男が店の主人なのだろうか。

客商売には似つかわしくない、妙な威圧感を放っている。

 

「あ、え、えーと。メニューありますか?」

思わず、おどおどした声になった。

軽い気持ちでラーメンを食べにきたのだが、

これはどうも、やっかいな店を選んでしまったようだ。

 

「メニュー?」

オヤジの眉がぴくりと動いた。

同時に眉間のシワが5ミリほど深くなる。

 

「兄さん。ウチの店は初めてだね」

「は、はぁ……」

しまった。何かマズイことを言ったか。

途端に、ノミの心臓がサンバのリズムを刻み出す。

 

「兄さん。韓国には行ったことあるかい?」

「は!?」

 

韓国!? いま、確かに韓国って言ったよな。

さっきも「オソオセヨ」って、韓国語で挨拶された。

なぜここで韓国なんだ。ここはラーメン屋であって、韓国料理屋じゃない。

ラーメン食うのに、どうして韓国が関係するんだ。

 

「韓国、行ったことないのかい?」

「い、いえ、韓国には留学していたことがあります……」

 

韓国にはかつて1年半ほど留学した経験がある。

だからこそ、入店時の挨拶も聞き取れたのだ。

だが、こんなところで、そんな過去を尋ねられるとは思わなかった。

 

「そうか、そりゃよかった。ウチは韓国式のラーメン屋なんだよ」

「か、韓国式のラーメン屋!?」

 

頭の中はパニック状態だった。

なぜそんなラーメン屋があるのか。

そもそも韓国式のラーメン屋とは何なのだ。

皆目、見当がつかなかった。

 

「それも一筋縄ではいかないラーメン屋なんだ。兄さんの実力はどうかな」

そういうと、オヤジは低い声で小さく笑った。

「ほら、こいつがメニューだ。料金は一律500円。ただし残したら罰金だからな」

僕はそのメニューを受け取り、中を開く。

一律500円というのは、けっこう良心的な値段だが……。

 

「な、何ですか、このメニュー!?」

僕はメニューを見るなり、ぶったまげた。

 

・ソウルラーメン…………500円

・釜山ラーメン……………500円

・全州ラーメン……………500円

・済州島ラーメン…………500円

・仁川ラーメン……………500円

・誕生日ラーメン…………500円

 

ラーメンの頭に、韓国の地名がついている。

ソウル、釜山、全州……。こんなラーメン聞いたことがない。

 

「兄さんが本当に韓国のことを知っているなら、食べたいラーメンを食べられるはずだ」

「た、食べたいラーメン?」

「そうだ。食べたいラーメンだ」

 

僕の頭は混乱する一方だった。

こんな地名だらけのラーメンで、食べたいも何もある訳がない。

いったい、どんなつもりで、こんな名前を付けたというのだ。

 

ソウル、釜山、全州……こんなのどれだって一緒じゃないか。

済州島、仁川……あ、あれ!?

 

最後にひとつ毛色の違うラーメンがまじっていた。

 

「誕生日ラーメン……?」

 

なんで、こんなメニューがあるのだろう。

他は全部地名なのに、これだけが地名ではない。

誕生日に食べるラーメン……。そんなものがあるのだろうか。

 

韓国でも、誕生日にラーメンを食べるという話は聞いたことがない。

誕生日といえば、ラーメンではなくミヨッククではないか。

 

うん!? ミヨックク……。

このとき、僕の中で、何かが弾けた。

 

誕生日といえばミヨックク。

そしてミヨッククはワカメのスープのこと。

ワカメのスープ。誕生日ラーメン……。

 

「そうか! ワカメラーメンのことか!!」

 

思わず声が出た。

そうだ。誕生日ラーメンはワカメラーメンに違いない。

本当に韓国のことを知っているなら、食べたいラーメンを食べられるはず。

それは、関連するイメージを、いかに引き出せるかということなのだ。

 

すると、他のラーメンはどうなのだろう。

オーソドックスなラーメン屋のメニューに当てはめていくと、

おそらく最初にきているソウルラーメンが、普通のラーメンなのだろう。

これを仮にラーメンとして、次の釜山ラーメンを考えてみよう。

 

まず釜山と聞いて思いつくのは海産物。

シーフードラーメンだろうか。

いや、カップラーメンならいざ知れず、

店のラーメンでシーフードというのはまず見かけない。

他に、何か釜山をイメージさせるものはないだろうか……。

海産物、港町、チャガルチ市場、南浦洞、テジクッパプ……。

 

「あ、テジクッパプ……」

 

ここでピンと閃いた。

これは、トンコツラーメンではないだろうか。

テジクッパプは釜山ならではの名物料理。

豚肉、豚骨などを煮込んだ真っ白なスープがウリの料理である。

 

ソウルの次に釜山。最初がオーソドックスなラーメン。

例えば醤油味だったとしたら、その次にトンコツが来るなら自然だ。

ソウル、釜山は、醤油、トンコツという2大スープを表しているのである。

 

すると次の全州はどうだろう。

 

全州といえば、ビビンバ、そしてコンナムルクッパプ……。

むむ、コンナムルクッパプ。モヤシのスープ……。

 

「モヤシラーメンだ!」

醤油ラーメン、トンコツラーメンときて、次がモヤシラーメン。

これだ。間違いない。

 

「よし、コツをつかんできたぞ」

 

済州島ラーメンは……むむむ。

 

これは難しいな……。

済州島といえば、サバやタチウオの刺身。あるいはアワビ。

はたまた馬肉やキジ肉なんかも食べるし、ミカンなども有名……。

それにアマダイ、トコブシ、黒豚……。

 

「あ、そうか!」

 

黒豚で閃いた。

黒豚を使ったチャーシューメン。これしかない。

 

それで、残った仁川ラーメンは、間違いなくジャージャー麺だろう。

よし、これですべてのラーメンが解けたぞ。

 

・ソウルラーメン(醤油ラーメン)………………500円

・釜山ラーメン(トンコツラーメン)……………500円

・全州ラーメン(モヤシラーメン)………………500円

・済州島ラーメン(チャーシューメン)…………500円

・仁川ラーメン(ジャージャーメン)……………500円

・誕生日ラーメン(ワカメラーメン)……………500円

 

さあ、ここから選べばいいんだな。

これで同じ値段なら、済州島ラーメンがコストパフォーマンス的にも1番だな。なるほど。地名の意味がわからないと、損をする仕組みになっているということだ。

 

「すいません。済州島ラーメンをくださいっ!」

 

オヤジが僕を驚きの目で見る。

 

「ほう。済州島を選んだか……」

「はい。済州島ラーメンをください!」

 

くくく。まさか全部当てられるとは思ってもいなかっただろう。

たいていの奴らは、訳もわからずソウルラーメンを頼んだりするに違いない。

きっちり韓国についてわかっている奴だけが、おいしい思いをできる。

ふふふ、なかなかいい店じゃないか。

 

僕はホクホク顔で、ラーメンが来るのを待った。

 

 

「ほい。お待ちどう。こいつが済州島ラーメンだ」

オヤジがラーメンのドンブリをカウンターに置く。

いざ、勝利のラーメンに邁進……。

 

「うげげげげげげげげげげっ!!」

 

目の前に置かれたラーメンは尋常ならざるものだった。

チャーシューメンなどではない。とんでもないラーメンだ。

 

ドンブリの中央に、巨大な麺の山ができているではないか。

 

スープからはみ出して、大量の麺が隆起している。

とにかくやたらに麺ばかりが多く、チャーシューはおろか、

普通ラーメンにあるべき具の姿も、ほとんど見えなかった。

 

もはや、大盛りなどというレベルではない。

いくつの麺玉を使ったら、ここまでになるのだという量。

大食いバトルに使用されるような、極めて異常な量のラーメンである。

 

「く、黒豚のチャーシューメンじゃなかったんですか……?」

 

息も絶え絶えに僕が尋ねる。

 

「黒豚だって? 馬鹿言っちゃいけない。済州島といったら漢拏山(ハルラサン)だろ。標高1950メートルで韓国最高峰。漢拏山こそが済州島の象徴じゃないか」

 

ドンブリの中央に盛られた大量の麺が漢拏山……。

こんな麺ばかりのラーメンをどうやって食べろというのだ……。

 

「兄さん、さっき言ったように、残したら罰金だからな。標高に合わせて1950円」

「せ、せんきゅうひゃくごじゅうえん!?」

「頑張って食べろよな。ちなみに麺玉は5個だ。わあっはっはっ」

 

オヤジの下卑た笑い声が、僕の頭蓋に響いた。

麺玉5個のラーメンなんて、食べきれる訳がない。

 

「だ、騙された……」

 

僕は力なく、最初の一口をすすった。

5個の麺玉は、早くも伸び始めているようだった。

 

20040601

 

 

 

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