コリ梅

103-大韓民国拳骨飯技術祝祭

 

 

「ではこれより、大韓民国拳骨飯技術祝祭を始めます」

 

という大会委員長の宣言が場内に響き渡ると、

詰めかけた約2000人の観客から、大きな拍手が沸き起こった。

会場となった利川市総合体育館は、すでに超満員である。

 

この「大韓民国拳骨飯技術祝祭」が開催されるのは今年で7度目。

当初は、米どころをアピールするために始まったのだが、

数年前からは、全国から腕自慢が集う真剣勝負の場となっている。

 

その名の通り、おにぎりの技術大会というだけなのだが、

最近では地方の有名飲食店が、店の威信をかけて参加するようになっている。

個人の腕を競う場というよりは、店の面子をかけた戦いであり、

より白熱した勝負が見られるとあって、大会の人気はうなぎのぼりだ。

 

抽選で20名に与えられる審査員権も、今年はすごい倍率だったらしい。

出てくるのは贅の限りを尽くしたおにぎりばかりなので、

希望が殺到するのも無理のない話ではある。

 

韓国料理好きの外国人というだけで、

特別審査員の席に座っている僕などは、申し訳ない限りだ。

 

「それでは前回優勝者による優勝旗の返還です!」

 

司会者の甲高いアナウンスが、ざわつく会場を一瞬で鎮めた。

スポットライトが入口を照らし、旗を抱えた職人が行進してくる。

 

前回優勝を果たしたのは、忠清南道公州市にあるウナギ専門店。

おにぎりの具に、ヤンニョムで甘辛く仕上げたウナギを入れて人気を得た。

店主によって優勝旗がうやうやしく返還され、

再び、場内は盛大な拍手に包まれた。

 

「引き続きまして……」

 

司会の男がルールの説明を始めた。

 

と、いっても、この大会にはルールらしいルールはない。

材料は何を使っても自由。採算も度外視。

とにかくうまいおにぎりを作ったものが勝ちという、

至ってシンプルな大会なのである。

 

参加者が出す自信のおにぎりを、5人の特別審査員と、

20人の一般審査員が食べて、そのおいしさを評価する。

それぞれがうまいと思ったおにぎりに投票し、

もっとも多くポイントを獲得した参加者が優勝となる。

 

「それではみなさま、たいへん長らくお待たせ致しました……」

 

司会の男が声に力を込めた。

いよいよ、勝負が始まるようだ。

 

「これより競技のほうを執り行いたいと思います。なお5名の予定だった参加者ですが、飛び入りの参加があり6名となりました。全6名の参加者によって、優勝の栄誉が争われます。それでは選手、入場!!」

 

派手な音楽が鳴り響き、選手たちが入場してきた。

白衣に身を包んだ男性たちが、緊張の面持ちで歩いてくる。

去年まではエプロン姿のおばちゃんも参加していたが、

今年は男性ばかりが選手として揃ったようだ。

 

いずれもキリっと引き締まった表情をしており、

この大会にのぞむ、真剣な態度が見てとれた。

 

「今年も期待できそうだな」

 

と思ったとき、最後に入場してきた参加者の姿が目に入った。

ゆっくりと歩いてくるのは、韓服に身を包んだ老人である。

 

「おい、なんだあれは!?」

 

観客席のほうから、驚きの声がざわざわともれてきた。

 

「おいおい、じいさんじゃないか。あのじいさんも参加者なのか?」

「そういえば飛び入りの参加者がいるって言ってたぞ。あの人のことじゃないか?」

「とても料理人には見えないけどな。どこの代表なんだろう……」

 

場内がざわつく中、6人の参加者は調理台の前に立った。

これから1時間の持ち時間で、それぞれのおにぎりを作ることになる。

会場全体がやや浮ついたような状態のまま、競技は開始となり、

参加者たちはそれぞれの調理にとりかかった。

 

競技が始まると、次第に観客の目は老人から離れていった。

というよりも、他の料理人たちの腕に、釘付けとなっていった。

 

ある者はビチビチと飛び跳ねる活けのヒラメをその場でさばき、

またある者は、中華鍋をゴワンゴワン振り回してごはんを炒めていた。

ビビンバに使う石釜を、大量に用意している者もいた。

 

「いったいどんなおにぎりができるんだろう……」

 

観客は、料理人たちの仕事ひとつひとつにじっと見入った。

調理にあてられた1時間は、あっという間に過ぎ去った。

 

 

審査員の前に、料理人たちが腕によりをかけて作ったおにぎりが並べられた。

 

これらを審査員が試食していくのだが、

それに先立ち、料理人による短いアピールの時間が与えられた。

観客たちは、口によだれをためながら、そのアピールを聞いた。

 

「釜山市の五六島フェッチプです。天然のヒラメをその場でさばき、特製のサムジャンとともに具にしました。ヒラメのシコシコとした歯触りと、天然ならではの混じりけない旨みをぜひ味わってください」

 

「仁川市の紅龍楼です。アワビのチャーハンをおにぎりにしました。新鮮なイカとエビも加えてあります。中に入っている具は、紅龍楼特製のチャジャンです。こってりとした中国黒味噌の味を、チャーハンおにぎりのアクセントとして加えました」

 

「全羅北道全州市の長寿会館です。当店のおにぎりは石焼きおにぎりです。7種類のナムルを具につめたおにぎりを、熱した石の器で表面を焦がしました。おこげのパリパリとした香ばしさをお楽しみください」

 

ひとりの料理人がアピールをすると、そのおにぎりが試食される。

審査員たちからは感激の声があがり、それを司会者がインタビューしてまわる。

 

「むちゃくちゃうまいです。こんなおにぎり食べたことありません!」

「感動です。一生出会えない味だと思います!」

 

観客の大半は、インタビューを聞いて身悶えしている。

口にたまったヨダレをギュクギュクと飲み干しながら、

なんとかそのうまさを頭の中にイメージしようと必死なのだ。

 

「江原道春川市の名家タッカルビ本館です。タッカルビをおにぎりの具にしました。ヤンニョムに漬け込んだ地鶏のモモ肉を、高温の鉄板で焼き上げて肉汁を閉じ込めています。ごはんと鶏肉の間にはエゴマの葉を1枚挟んでいるので、さっぱりといくらでも召し上がれます」

 

「済州島西帰浦市の西帰浦ハルメ食堂です。済州島の名産であるトコブシを塩辛にしました。トコブシ自身の深い旨みと、ちょっと濃い目の塩気がごはんによく合います。1個のおにぎりで、済州島の豊かな海を感じてください」

 

もはや、会場は異様とも思えるほどの熱気だった。

料理人のアピールに歓声があがり、審査員の感想に悲鳴があがる。

 

「あのチャーハンのおにぎりはうまそうだなあ。アワビだぞ。アワビ」

「それをいったらトコブシの塩辛もうまそうじゃないか。くうー、食べてみたいなあ……」

「お、お、おれは全部食べてみたい!」

 

誰が優勝してもおかしくない。

そんな空気が、会場全体から感じられた。

 

「それでは、最後の参加者のアピールです」

 

司会者の声が会場に響き渡った。

と、同時に会場の熱気が、すっと引き潮になる。

入場のときにどよめきを起こした、老人に再び注目が集まったのだ。

 

老人の作ったおにぎりが、審査員の前におかれる。

見た目は、なんの変哲もない、普通の白いおにぎり。

いや、よく見ると、三角形のてっぺんだけが、ほんの申し訳程度に赤く染まっている。

コチュジャンを少量、塗りつけたようだ。

 

いままで出てきたおにぎりに比べると、あまりにも貧相な外見。

 

「な、なぜこれを……?」

 

審査員が思わず呆然とする中、老人は静かに語り始めた。

 

「白飯にコチュジャン。それだけじゃよ。ここ利川は昔から有数の米どころ。王様にだって米を献上してきた。うまい米を作って、みなに喜んでもらう。それが利川の民の誇りじゃった。豪華な具を用いて喜ぶのも悪くはないが、米の本当の味を忘れてはおらぬかな。白飯にコチュジャン。食べてみなされ。うまいぞ……」

 

場内は水を打ったように静まり返った。

 

審査員がひとり、またひとりと老人のおにぎりに手を伸ばす。

僕も、少し遅れて、おにぎりを手に取った。

 

「うまい……」

 

ぽそりとつぶやいたのが、僕だったか。

はたまた並んでいた誰かだったのか覚えていない。

 

とにかく、驚くほどにうまいコチュジャンだった。

そして白飯との相性、バランスも最高だった。

素朴な味。だが素朴な中に米の甘み、旨みが折り重なる。

米の味が、口の中で弾けとんだ。

 

 

会場全体がふわっとした喪失感に包まれたまま競技は終了した。

審査員たちによる投票が行われ、優勝者が選定された。

 

優勝したのは、釜山の五六島フェッチプ。

天然ヒラメおにぎりが、紅龍楼のアワビチャーハンおにぎりを僅差で抑え込んだのだった。

開票を担当した大会役員は、両者を優勝としたいくらいの接戦だったと述べ、

今年は近年の大会と比較しても高いレベルであったと総括した。

 

表彰式が始まるころには、会場の盛り上がりも元に戻っており、

優勝者は喜び、他の参加者がそれを称え、観客は盛大な拍手を送った。

今回の大会も、大成功であった。

 

 

僕は盛り上がりの中、老人の姿を目で追った。

だが、きっと、一足早く会場を去ったのだろう。

その姿を見つけることはできなかった。

 

個人的にもう少し話を聞いてみたかったが、

その願いはどうやらかなわないようだった。

 

「来年、また会えるだろうか……」

 

僕はぼんやりと考えた。

参加者としてでなくとも、会場には姿を見せるのではないか。

そう思えて仕方なかった。

 

20040522

20040608(一部修正)

 

 

 

戻る