唐辛史
第8回‐塩分節約説‐
胡椒の次に興味深いのは塩の存在である。
日本の食品学者である木村修一は辛味を出す唐辛子のカプサイシンが塩の摂取を減らす機能をするという仮説を立て次のような実験をした。唐辛子の辛い成分であるカプサイシンをAのネズミ群に多量に注入した。Bのネズミ群にはカプサイシンを注入しなかった。その後塩が入ったえさを少しずつ摂取させた結果、Aのネズミ群は塩の入ったえさをあまり食べず、Bのネズミ群はAのネズミ群に比べたくさんの量のえさを食べたのである。
木村はこの実験を通じ唐辛子には食塩節約効果があることを発見した。また同時に唐辛子のカプサイシンは食欲を増進させるということを明らかにし、韓国で寒い冬の間、塩を求めにくかった庶民達は塩の摂取に変わって唐辛子を用いる方法を探し求め、これが韓国料理で唐辛子がたくさん使われる背景になったのではないだろうかと述べている。
この木村の実験結果を元に韓国の学者、周永河は李朝後期の歴史を検証した。
周永河によるとこの時代は経済制度の過渡期であり、階級制度に大きな変動が起こった時期である。2度にわたった大きな戦争(壬申倭乱、丙子胡乱)のため多くの両班階級の力が衰えていった時代でもある。
それまでは科挙制度が唯一の支配階級への編入方法であったが、この時代になって農業技術が向上したことによって商人階級、農民階級が多大な財産を得て、家名を金で購入するなどの方法で両班階級にあがっていった。その数や莫大なもので、ある地方の戸籍資料に寄れば17世紀末にわずか10%程度だった両班戸は19世紀半ばまでに70%まで増えてしまったところもあった。
両班階級にあがった人々はやがて生活様式も変えていった。すなわちその時まで行わなかった祖先祭祀を行うようになったのである。このような変化は両班階級にあがった商人のみならず、常民にまでも影響を与えたのだった。
ここで述べなければならないことは祖先祭祀を行うためには、欠かすことのできないいくつかの食べ物があるという点である。その中のひとつが魚であり、祖先祭祀を行う者が多くなるに従い、魚の需要が高まっていった。しかしこの時代に新鮮な魚を運搬する技術があろうはずもなく、腐敗を避け長距離輸送をするには魚を塩漬にする方法以外なかった。
整理をすると、階級制度が崩壊したために祭祀を行う人が増え、その結果魚の需要が急増し、同時に魚を保存するための塩の消費が増加したということである。
朝鮮半島は3方を海に囲まれており、一見塩には不自由しないように見える。しかし塩は人間が生きていくのに不可欠な食品であり、朝鮮半島でも昔から専売制がとられてきた。李朝後期のこの時代も塩は国家が直接生産、流通を管理しており、このように突発的な塩の過剰消費が起こり、結果的に不足した塩を補うために唐辛子が使われるようになったというのが周永河の説である。
<続く>