唐辛史
第6回‐問題提起2‐
朝鮮半島に唐辛子はどこから来たのか。この問題はとりあえずこれで一応の解決としたい。中米からヨーロッパ、日本を経由して朝鮮半島。もともと自生していた植物ではなく人の手を介在して運ばれたため、世界各地において局地的に唐辛子文化が発達していったのである。そこで新たなる問題提起だ。
なぜ朝鮮料理には唐辛子を多用するのか?
同時期に伝えられた日本では唐辛子を多用する食文化は無い。使用したとしてもせいぜいうどんやそばに少量振り掛けるだけに過ぎず、一般的な香辛料のひとつではあるが、無くてもさほど困らないというのが現状である。その反面、現在韓国においては1人当たりの1日の唐辛子消費量が5〜7グラムに至り(韓国農村経済研究院発行「食品需給表」より算出)、料理を作る上でまさに欠かす事のできない香辛料となっている。実際5〜7グラムというのは驚異的な数字で、理想的な塩分摂取量とさして変わらないという量なのである。
食文化のスタイルからみても、味噌や醤油などの発酵系調味料を使用し、米を主食とするなど共通点は多い。にもかかわらずこの唐辛子使用量の違いは一体どこから生まれたのだろうか。
この疑問を解くカギは唐辛子が使われだした年代にあるのではないかと考える。
まず唐辛子が使われ始めた年代を特定しよう。朝鮮で初めてハングルで書かれた料理書というものがあり、これが1670年頃に書かれた「飲食知味方」という本である。この本は慶尚北道の英陽郡というところに住む両班家庭の夫人によって書かれた本で、女性によって書かれた料理書としてはアジアで最も古い。当時の食文化を知る上で非常に貴重な文献であるが、この本には日常家庭で作っていた料理146種が紹介されているにもかかわらず、唐辛子がまったく登場しない。つまり16世紀後半に伝来した唐辛子が、約70年後のこの時期にはまだ一般化されていなかったことを意味するのだ。
では唐辛子が料理書に初めて登場するのは一体いつか。
唐辛子を使用した料理の記録は柳重臨が1766年に書いた「増補山林経済」が初めてである。「増補山林経済」では唐辛子が入ったキムチ6種が紹介されており、粉末唐辛子のみならず唐辛子の葉や茎まで利用されている。これによれば1766年当時には唐辛子が一般的に使われていたということがわかる。
ややおおまかではあるが唐辛子が一般化した年代は1670年から1766年までの約100年間に絞られた。この100年間に何があったのか。これについては今までさまざまな学者が学説を展開してきた。話しをわかりやすくするにも、まずはその先行研究から吟味していくこととしよう。
<続く>