唐辛史

第3回‐唐辛子発見‐

 

コロンブスの航海はけして楽なものではなかった。当時の常識で言えば地球は平面であり海には果てがあるのだ。そしてその果てから落ちてしまえば悪魔に食べられてしまう。地球球体説を信じるコロンブスはまだしも、船員達にとっては、いつ奈落の底に落ちるかわからない、恐怖にかられながらの航海だった。

 

船長コロンブスを信じて西へ西へ進むが、2ヶ月たってもまだ陸地は見えてこない。やがて起こる船員達の反乱。コロンブスは船員達を必死になだめた。

 

「もう少し。もう少しだけ待ってほしい。」

 

そして迎えた72日目。コロンブス一行はついに陸地を発見する。喜びにあふれかえるコロンブスは到着地をスペイン語で「聖なる救世主」、「サン・サルバドール島」と命名した。長い航海の末やっと見えた陸地はまさに救世主の顔に見えたことだろう。

 

インドに到着したと確信したコロンブスは後に「ガンジスの香りがした」と語ったそうだが、残念ながらここはわれわれがよく知るように、中米カリブ海に浮かぶ島のひとつでしかない。コロンブスは生涯4度の航海でこの地を訪れたが、最後までこの地をインドと信じて疑わなかった。現在に至るまで、この地の原住民をインディアン、この地を西インド諸島と呼ぶ所以はここにある。

 

コロンブスは早速胡椒を探しにとりかかった。ここがインドであったならば胡椒は難なく探し得ただろうが、インドではなく西インド諸島。ガンジス川の香りはすれど、胡椒の香りを嗅ぐことはなかった。同じ熱帯に位置する場所であっても胡椒は自生しておらず、いくら探しても黄金の実は見つからなかったのである。

 

とはいえこの地には今までヨーロッパに存在しなかった数々の品があり、胡椒こそ持ちかえれなかったものの、コロンブスは多くの戦利品をヨーロッパにもたらした。それが今日のトウモロコシであり、サトウキビ、バナナ、タバコ、そして唐辛子であった。

 

1493年。唐辛子がついに世界史に登場した瞬間である。

 

 

唐辛子自体の歴史は古い。原産地はまだ特定されておらず、植物学者達の研究の成果が待たれるところであるが、だいたいのところではボリビアかペルーのあたりとなるそうだ。そこでは古くから現地民によって調味料、また胃腸薬などとして栽培、利用されてきた。

 

さて、ヨーロッパに渡った唐辛子は世界史の流れに乗りさらに大移動を繰り返す。

 

唐辛子は大航海時代の波に乗ってアフリカまわりでインドに到達し、また一方で1526年、モハーチの戦いにより、オスマントルコ軍の手でハンガリーに持ち込まれた。インドでは胡椒に変わる新種のスパイスとしてカレーの中に投入され、ハンガリーでは現在世界的に有名な、辛味のない唐辛子パプリカとなった。

 

そして中米で発見された新種のスパイスはやがて地球を1周し、大航海時代の東の果て。黄金の国ジパングに到着したのである。1542年、ポルトガル人宣教師バイタザール・ガコが豊後(現在の大分県)の国守である大友義鎮に唐辛子の種を献上したという記録が残されている。

 

<続く>

 

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