唐辛史

第10回‐先行研究批判‐

 

さて、いくつかの先行研究を見てきた。どれもそれなりの説得力をもってはいるが、疑問点もまた多い。第7回で書いた鄭大聲の「唐辛子=胡椒代用品」については、佐々木道雄が以下に引用する4点の理由を挙げ批判している。

 

@当時の胡椒は非常に高価で、肉も高級品。つまり、一握りの支配層の嗜好がトウガラシの使用を決定づけたことになるが本当か。

A古い料理書では、肉ではなく、野菜や魚にトウガラシを使っている。

B肉料理の香辛料は、トウガラシ導入以前は山椒と胡椒であり、今日でもトウガラシより胡椒のほうが多く使われる。

C朝鮮への胡椒の流入が止まったのは秀吉の朝鮮侵略のあった十六世紀末以降のことなのに、トウガラシの使用が盛んになるのは十八世紀中頃以降である。

 

唐辛子が原産地である南米からヨーロッパに持ち込まれた過程などから見ても、胡椒の影響を受けていたと考えるのが最も自然であるかもしれない。しかし、唐辛子の受容まではそうだったかもしれないが、その後の料理への使われかた、食文化への浸透具合などを見ると、胡椒の使われ方を踏襲しているようには見えない。そもそも朝鮮には胡椒を多用する食文化があるわけではなく、唐辛子の普及に関しては胡椒はほぼ無関係であったと考えられる。

 

次に第8回で書いた周永河の「塩分節約説」であるが、これは唐辛子を使用するに至った直接的な理由にはなりえない。当時、唐辛子の食塩節約効果を科学的に分析できたはずもなく、経験的にそういう働きがあることを知ることはあっても、それは相当後の話である。同時にビタミンの補給であるとか、キムチの発酵を促進させる効果があるなどの、唐辛子の持つ成分に焦点をあてた説はすべて朝鮮料理を赤くした理由には当てはまらない。すべては朝鮮料理が唐辛子によって赤くなったために起こった現象であり、結果論なのだ。

 

そうしてみると、最後に述べた村山智順の「民俗信仰説」は実に興味深い。病気の鬼神を遠ざける為に、赤く辛い唐辛子を料理に投じるようになったというのなら、充分に朝鮮料理を赤くした直接的な原因たりえる。陰陽五行の考え方、病気は鬼神が人間にとり憑いたことによっておこるという民間信仰自体は古くからあり、また現在まで脈々と受け継がれている。よって唐辛史ではこの民俗信仰説を論の中心に据え、さらに歴史的な考察も含んで検証していく。

 

<続く>

 

第9回を見る

第11回を見る