サメガレイなる日々

025-僕の珍島物語(後編)

 

 

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珍島郡庁を出て、Tさんの車に乗り込む。

 

「えーと、お昼ごはんは食べました?」

「いえ、まだですが……」

「そっか。じゃあ……あそこでいいか」

 

Tさんはそう呟くと、アクセルを踏んで車を出した。

到着したのは郡庁を出てすぐのところにある食堂。

Tさんのご親戚が経営されている店とのことだ。

 

ここで食べたスンドゥブチゲも特筆すべき味だったが、

むしろ語るべきは珍島についてのことなので割愛する。

ただ、ひとつだけ。珍島のスンドゥブチゲは牡蠣だらけが常識。

スープの中から、ゴロゴロと10個は軽く出てきた。

 

「珍島のスンドゥブチゲには牡蠣が入っているんですねえ」

「え、牡蠣以外に何が入るんです?」

「いや、普通はアサリとか豚肉とか……」

「へー、本土ではそういう料理なんだ」

 

という会話から、珍島の常識が窺える。

珍島には「スンドゥブチゲ=牡蠣」の公式が存在するようだ。

スンドゥブチゲの地域性についてはいずれ研究したい。

 

さて、本題は珍島そのものについてである。

 

郡庁で観光課の課長さんから珍島の紹介を受け、

また、昼食時にもTさんからも色々と教えてもらった。

2人が異口同音に話す珍島ならではの特徴。

 

それは、珍島が芸術と民俗文化の島であるということだ。

 

僕にとっては海割れと、珍島犬の島だったが、

どうやらそれはあまりにも浅い認識だったらしい。

 

「島の人たちは、みんな芸術家なんですよ」

「普段の暮らしの中で、水墨画を描いたり、彫刻を掘ったり」

「そこの絵も店の人が書いたものだし、後ろにある屏風もそう」

 

スンドゥブチゲをすすりながら振り返ると、

とてもアマチュアの作とは思えないくらい見事な屏風があった。

珍島ではみんなこのくらい描けて当たり前らしい。

 

過去にも著名な芸術家を多数輩出しており、

韓国の有名な芸術家の、約4割が珍島出身だとも言う。

 

また、珍島には無形文化財に指定された民俗芸能も数多い。

 

・カンガンスルレ(国家指定無形文化財第8号)

・南道野良歌(国家指定無形文化財第51号)

・珍島シッキムクッ(国家指定無形文化財第72号)

・タシレギ(国家指定無形文化財第81号)

 

本土では失われつつある、古きよき文化が残っている。

 

それも大事に保存して守っているのではなく、

現在進行形で島民たちのものとして残っているのだ。

子どもたちも普通に踊ったり歌ったりを楽しんでおり、

島の生活に、ごくごく普通に溶け込んでいる。

 

長い間、本島とほぼ隔絶された状態だったため、

土着の文化がそのまま現代まで残ったということのようだ。

 

「なるほど、そういう島だったんですか……」

 

スンドゥブチゲを食べながら、ひたすら感心する。

聞く話すべてが、想像もしていなかったことばかり。

何も知らない状態でのんきに来てしまった自分が恥ずかしい。

 

 

珍島郡庁そばにある食堂。スンドゥブチゲには牡蠣がどっさり入っていた。

 

昼食を終え、まずは珍島の民俗文化を知ろうと、

珍島郷土文化会館で行われている民俗公演を見に行くことになった。

 

「運がいいですね。土曜日ごとにやっているんです」

 

言われてみれば、確かにこの日は土曜日。

しかも午後2時からの開場で、時計を見ると2時前であった。

Tさんの運転する車で珍島郷土文化会館に向かう。

 

この日の演目は約1時間半で7種類。

 

・伽椰琴の演奏

・南島民謡

・送別漫談

・パンソリ

・カンガンスルレ

・珍島プクチュム

・珍島アリラン

 

演奏あり、歌あり、踊りあり。

貴重な文化芸能のオンパレードである。

 

それぞれ素晴らしい公演であったが、

特に印象的だったのは、客席の盛り上がりと一体感。

最後のほうは舞台前までみんながなだれ出てきて、

舞台と客席がごちゃ混ぜになりながら踊っていた。

 

「みんな楽しくなっちゃうと、ああやって混ざっちゃうんですよ」

 

横でTさんが解説をしてくれる。

確かに飛び入り参加した地元の人たちはみな楽しそうだ。

そういえば、むかし沖縄に行ったときもこういう姿を見た。

島にはどこか共通する文化があるのだろうか。

 

 

 

珍島郷土文化会館で行われた民俗公演のようす。最後は舞台も客席も関係なしに、みんなが楽しそうに踊り出した。

 

公演を見終えたら、さらに車で島内観光。

島全体を見ようと思ったら2日はかかるらしい。

なので、有名な場所だけを数ヶ所回って頂いた。

 

最初に訪れたのは雲林山房(ウルリムサンバン)。

朝鮮時代に活躍した南宋画の大家、許錬が晩年に住んだ画室だ。

 

敷地には趣のある建物と、美しい池がバランスよく配置されており、

その風光明媚さから全羅南道記念物第51号にも指定されている。

ペ・ヨンジュン主演映画『スキャンダル』の撮影地にもなったそうだ。

 

また、敷地内には小痴記念館、珍島歴史館という2つの施設もある。

 

小痴記念館では許錬(雅号が小痴)と、子孫の作品を鑑賞でき、

珍島歴史館へ行くと、模型や遺物などを通じて歴史を学べる。

それぞれ珍島を理解するには、ぜひとも行っておきたい場所だ。

 

この2ヶ所でもTさんの詳細な解説をして頂いた。

さすが観光課員だけあって、話がわかりやすく的確である。

白紙だった頭の中に、どんどん珍島の姿が描かれていった。

 

 

景観が美しい雲林山房。珍島の歴史と特色がよくわかる。

 

次に向かったのは珍島の象徴である海割れの地だ。

珍島の海割れとは、潮の道ち引きによって水深が下がり、

わずかな期間だけ海底が道のように現れる現象のこと。

 

もちろんシーズンではないので、海割れ自体は見られない。

だが、その場所だけでも見られたのはやはりよかった。

 

珍島の回洞里から茅島という島まで約2.8km

40mほどの道が、忽然と現れる姿はまさに神秘である。

この期間は全世界から観光客が訪れる。

 

「ちょうどこのあたりから、あそこまで道ができます」

 

Tさんが道の場所を指差して教えてくれた。

だが、その先にはただ海面が続いているだけ。

海が割れて道ができるようには到底見えなかった。

 

「なるほどねぇ……」

 

と、感心してみたが、感動にまでは至らない。

やはりここまで来たら海が割れるその姿を見たい。

 

「また、いつか来なきゃいけないな」

 

割れない海を見ながら、そんなことを思った。

 

 

 

珍島といえばやはり海割れ。時期ではないので割れていないが、左上の写真では奥の島まで陸地がつながる。右上の写真は海割れのようすを撮影した看板。左下は海割れ伝説にちなんだポンおばあさんと虎の石像。右下は珍島の海割れを「韓国版モーゼの奇跡」としてフランスの新聞に紹介したピエール・ランディ。世界的な観光地となるきっかけになった。

 

雲林山房、海割れの地と巡ってここでタイムアウト。

 

帰りのバスに乗る時間が危なくなってきたので、

島の中央部にあるバスターミナルまで戻って頂いた。

わずか半日だったが、充実した観光になった。

 

すべてはTさんと珍島郡庁のおかげである。

 

短い時間で珍島の魅力と、真の姿を学ばせて頂いた。

そのご好意に、深く深く感謝をしたい。

 

そして、いつか必ずまた珍島を訪れたい。

 

海割れの時期にも行きたいし、それ以外のときにもまた行きたい。

なにしろまだ島の半分も見ていないのだ。

名物とされる料理も、すべて食べ逃してきてしまった。

 

珍島はカンジェミと呼ばれるエイ料理が有名らしい。

それを地元の酒である紅酒(ムラサキという植物の酒)を合わせ、

一緒に食べるのが珍島ならではの味覚だそうな。

 

それもまた味わいに行く必要があるだろう。

 

雄大な自然を有し、芸術、芸能を愛する人が住む島。

珍島は予想を超えてはるかに魅力的な島だった。

 

 

<おまけ>

さらなる珍島情報を得たい人はこちらへ。

 

珍島郡の公式ページ(日本語)

http://tour.jindo.go.kr/japanese/

クランケ珍島(Tさんが運営する珍島情報満載のブログ)

http://plaza.rakuten.co.jp/keiko54316

 

 

 

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