サメガレイなる日々

006-九州旅行1日目に食べたうまいもの

 

 

福岡空港に着いたときの高揚感が忘れられない。

 

ここしばらく空港といえば、成田と仁川の2空港のみだった。

この慣れた2箇所だけを往復していたため、

到着の感動というものを、すっかり忘れていたのだ。

 

出発前が例によって超のつく多忙であったため、

九州を旅行するにあたっての下調べは何もできなかった。

羽田空港でガイドブックをやっと1冊購入しただけ。

それが、僕にとって唯一の情報源であった。

 

「さあて、僕はこれからどうなっちゃうのかな!」

 

到着ロビーに出るなり、目の前のベンチにどかっと腰を下ろした。

未知のドキドキと、かすかな不安が交じり合う。

 

先の見えない旅というのは、どうしてこんなに楽しいのだろう。

 

そもそもこの空港が福岡県のどこにあるのかわからない。

従って、市内までどのくらいの時間がかかるのかも予測できない。

空港から市内まで出る手段も、よくわからなかった。

 

ゆえに、福岡空港から市内の中心であるJR博多駅まで、

地下鉄でわずか2駅の距離だと知ったときは、ちょっとがっかりだった。

 

福岡空港って、市内からむちゃくちゃ近いところにあるんだね……。

 

 

そのまま地下鉄に乗って、博多駅から3駅先の天神へ。

ガイドブックで見つけた安いビジネスホテルで荷物をおろし、

すぐさま福岡在住の友人に電話を入れた。

 

「あ、ども。いまこっちに着きました。天神のホテルにいます」

 

友人は天神のホテルまで迎えに来てくれるという。

博多の案内も友人が請け負ってくれたので、今日は完全にお客様状態だ。

右も左もわからない土地での友人は本当にありがたい。

 

 

ほどなく友人がホテルに到着。一緒に繁華街へと出る。

 

「何か食べたいものある?」

「博多のうまいものを食べさせてください!」

 

意気込んで答えたわりに、なんの回答にもなっていない。

友人はそれを聞いて、一瞬うーんと悩んだ。

 

「じゃあ、生肉料理とか食べに行く?」

「生肉料理?」

 

肉を生で食べる料理はいくつかある。

牛の刺身、牛のたたき、韓国のユッケもそうだ。

だが、生肉料理というジャンルは聞いたことがない。

そもそも、それは博多料理なのだろうか……。

 

少し悩んだものの、こういうときにまず挙がる料理は、

その人にとってのオススメ料理であることが多い。

きっと何か理由があるのだろう。

 

「じゃあ、それでお願いします」

 

ということで、その店に連れていってもらうことになった。

 

 

天神周辺。夜は賑やかだが昼間は意外に閑散としている。

 

生肉料理の店「かね萬」は、大通り沿いの2階にあった。

 

知らなかったら到底気付かないような、いかにも地味な店構え。

大通り脇の狭い階段を、トントンと上がって店に入る。

 

店内はカウンター席に、ちょっとした小上がり。

カウンターに腰掛けたところで、友人が店の人に言った。

 

「えーと、生肉をですね。いろいろ盛り合わせってできますか?」

 

生肉を盛り合わせ。生肉にも種類があるということだろうか。

注文を隣で聞きながら、頭の中にハテナマークが並ぶ。

 

盛り合わせというと、牛、豚、鶏……いやいや。

牛はともかく、豚と鶏は生で食べることはできない。

 

となると、牛を部位別に分けてロース、ヒレ、モモ肉……。

だが、牛を刺身にする場合は脂のないモモ肉しか使わないはず。

 

むむむむむ、なんだか謎の料理だぞ。生肉料理。

 

ビールを飲みながら、表向きは笑顔で料理を待っているものの、

内心、どんなものが出てくるのかと動揺していた。

 

「あーい、お待たせ!」

 

の声とともに、厨房から大皿がひとつ運ばれてくる。

大皿の上には生肉料理。それを見て僕は……。

 

「うわ、すご!」

 

と、思わず叫んだ。

 

12時の方向から時計回りにレバー、センマイ、タン、サガリ、ハツ。

 

生肉の盛り合わせは確かに、盛り合わせだった。

全部で5品の生肉が豪快に盛られている。

だが、何が盛られているのかは、見ただけではわからない。

 

呆然と眺めていると、店の人がひとつひとつ説明してくれた。

 

「まず、これがレバー。これはゴマ油で食べてね」

 

指さされたのは、血を固めたかのように真っ赤な刺身。

表面がつやつやしていて、妙になまめかしい。

 

「こっちはセンマイ。これは味噌ダレで食べる」

 

センマイは牛の3番目の胃。

表面が白っぽくブツブツザラザラしているのが特徴。

細長く切られたものが、うずたかく盛られていた。

 

「あとはタン、サガリ、ハツ。これは全部醤油で食べて」

 

言うまでもないが、タンは牛の舌。

サガリはハラミとも呼ばれ、横隔膜を包んでいる肉。

ハツは牛の心臓のことである。

 

肝臓、胃、舌、肉、心臓。

 

なるほど、これは確かに盛り合わせである。

部位もバラエティに富んでいて、食べ比べる面白さがありそうだ。

 

「さ、食べて食べて!」

 

呆然とする僕に、友人が横からすすめてくれる。

その言葉に甘え、まずはレバーから箸を伸ばしてみる。

言われた通りにゴマ油をちょっとつけて食べると……。

 

「むほっ、ぷりぷり超甘っ!」

 

食べるなり笑いがこぼれる。

こんなレバ刺しは、生まれて初めて食べた。

臭みまったくなし。とろけんばかりの甘さが舌にあふれるだけだ。

 

「ささ、どんどん食べて。僕はいつでも食べられるんだから」

 

友人がさらにすすめてくれる。

だが、あまりにもうますぎて、逆にバクバクとは食べにくい。

むむうだの、ほほうだの、ひとつひとつ感心する時間が欲しい。

 

センマイは舌にざらっとして、コリコリした歯触り。

どう下ごしらえをしたら、これだけさっぱりと食べられるのだろう。

味噌ダレをつけ、スライスタマネギをちょっと足して食べるとなおうまい。

 

タンはシコシコとした歯触り。

サガリは肉の部分だけあって、ちょっとねっちりしている。

ハツもレバーのようにプリプリして甘みがある。

 

どれもうまいが、甘みならやっぱりレバーか。

それぞれの味を楽しみながら、生肉の世界にどっぷり浸る。

 

この店のもうひとつの名物である焼き餃子も追加し、

博多うまいもの道中の華々しいスタートがこうして切られた。

 

この時点で、すでに僕の幸せは頂点である。

 

 

もうひとつの看板メニュー、焼き餃子。柚子ごしょう(右)をつけて食べる。

 

だが、博多はまだまだうまいものがたっぷりある

1軒目で終わってしまう訳にはいかないのだ。

 

友人の案内に従い、生肉料理の店から博多名物の屋台へと移動。

 

連れて行かれた最初の屋台は……ん、えびちゃん?

 

 

「あ、ここ漫画で見たことある!」

 

 

漫画とは、週刊モーニングで連載中の『クッキングパパ』。

この漫画は、作者であるうえやまとち氏が博多在住であるため、

家庭で作れる料理のほか、博多の食文化を余すことなく紹介している。

 

作中にも博多の屋台は何度も登場しており、

その中でも特に個性的な店として、えびちゃんは紹介されている。

この店、屋台にもかかわらず、本格的なカクテルを出すのだ。

 

屋台を覆うシートの隙間から中に入ると、

漫画で見た、あの笑顔がシェーカーを振っていた。

 

「おおおおおおおお、こ、これはすごい」

 

すぐ横にクッキングパパが座っていそうな感じ。

自分が漫画の世界へ飛び込んでしまったような気分だ。

 

大いなる感動とともに、ソルティドッグを1杯頼む。

 

カクテルそのものもうまかったが、つまみがまた泣かせる。

出てきたのは、アボカドサラダとモロキュウ!

カクテルにモロキュウ! うーん、たまらない。

 

調子に乗ってソルティドッグを2杯おかわりし、

店主のえびちゃんと記念写真まで撮って、大満足で2軒目を出た。

 

 

屋台えびちゃんで漫画の世界へトリップ。感動の記念写真。

 

さあ、まだまだ行くぞ。3軒目。

 

博多の屋台はハシゴしてナンボの世界。

友人のチョイスで入ったのは、なんと天ぷらの屋台だ。

 

屋台で揚げたての天ぷらとは贅沢極まりない話。

 

ドリンクを焼酎のお湯割りに変更し、

いい感じに酩酊しながら、天ぷらをつまんでいく。

 

エビがうまい、イカがうまい、キビナゴがうまい。

 

かなり油にこだわっていると見えて、揚がりの色がきれいで衣もサクサク。

さんざん食べてきたにもかかわらず、食感が軽いのでどんどん食べられてしまう。

 

「いんやあ、これはうまいですねえ。んー、うますぎます」

 

うまいつまみは、焼酎が加速度的に進んでいく。

 

このあたりから段々と記憶も怪しくなってきた。

天ぷらのほか、明太子入りの卵焼きと、博多ラーメンも頼んだはずだが、

翌日デジカメを確認すると、その写真は残っていなかった。

 

どんなに酔っていても写真だけは忘れないもの。

それを忘れたということは、それだけ興奮していたということだ。

 

 

生肉料理と焼餃子から始まって、カクテル屋台に、天ぷら屋台。

明太子入りの卵焼きとラーメンでしめて、まずは1日目の夜が終了。

 

身も心も大満足となり、九州の初日を締めくった。

あとは、ホテルで泥のように眠るのみ……。

 

 天ぷらの写真しかなかった……。

 

 

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