美味なるニッポン!

第5回:サンマヌルとキトピロを食べる!

 

美味なるニッポン!第5回

 

<サンマヌルとキトピロを食べる!>

釜山のチャガルチ市場を歩いていたら、

何か妙なものをかじっているおばちゃんがいた。

 

チャガルチなので売り物はすべて魚介類である。

おばちゃんの前にも新鮮そうな魚がずらりと並んでいた。

イシモチ、ニベ、タイ、赤ムツ、メバル……。

 

魚を生でバリバリかじれる訳はないし、

逆にかじれる才能があれば市場などでは働いていまい。

そもそも、おばちゃんのかじっている物体は淡い緑色だ。

 

食事をしているのかとも思ったがそうでもない。

こちらに背を向けながら、野菜らしきものの皮を剥いているようだ。

その合間に作業中のものをつまみ食いしている。

 

「何を食べているのだろう……」

 

妙に気になった僕は首を伸ばし、おばちゃんの肩ごしに覗いてみた。

 

と、そのとき。

 

僕の身体が伸びきるのを待っていたかのように、

タイミングよくおばちゃんがすっと振り返った。

 

出来損ないのバレリーナにも似た不自然な体勢。

目と目が合ってしまい、僕とおばちゃんは同時に固まる。

こ、これはかなり気まずい……。

 

「…………食べる?」

 

沈黙を破ったのはおばちゃんだった。

 

「おいしいよ。そんなににおいも強くないし」

 

こういう気まずさにはおばちゃんのほうが強い。

何も不審がることなく、持っていた棒状の野菜を僕に差し出した。

 

「これは何ですか?」

「サンマヌル。今がちょうど旬なんだよ」

 

観察すると長ネギを細くしたような野菜だった。

根元の部分は長ネギよりも固く、アスパラガスのようでもある。

おばちゃんを見習って根元のほうをガブリとかじってみた。

 

「…………つーん!」

 

かじって3秒。鼻を独特の刺激臭が抜けていった。

この刺激臭には覚えがある。生ニンニクだ。

 

「普通のニンニクより味が柔らかいから口にも残らないんだ」

 

おばちゃんはにっこりと笑ってそう言った。

確かに普通のニンニクを生でかじるよりは味が柔らかい。

辛さもほどほど。臭いもほどほど。でもやっぱりニンニク臭。

その後もしばらくはニンニク味が口に残った。

 

 

(左)釜山の市場で売られていたサンマヌル。

(右)韓国の市場ではいろいろな形態のニンニクが売られている。

 

この話はこれでおしまいのはずだったが、

不思議なことに日本に戻ってもうひと転がりする。

 

ひょんなことから友人との話が盛り上がって、

北海道名物のキトピロを食べに行こうという話になった。

 

「中野にキトピロ丼を出す店があるらしい」

「キトピロ丼? なんだいったいそれは」

「キトピロ丼というからにはキトピロが乗った丼だろう」

「それはそうだがキトピロとはいったい何なのだ」

「たぶんキトな感じのものが、ピロっとしているものだろう」

「そのキトな感じというのはどんな感じなんだ」

「うーん、じゃあ逆にピロがキトッとしているのかもしれない」

「おぬし真面目に話そうという気がないな」

「実はそうなんだ」

 

という間抜けな会話を経て、僕らはキトピロ丼を食べに行った。

夕方から小雨が降った4月下旬の月曜日である。

 

勘のいい人ならすでに気付いたと思うが、

冒頭に登場したサンマヌルとキトピロは同じものである。

韓国語で言うとサンマヌル。アイヌ語で言うとキトピロ。

日本語ではギョウジャニンニクと呼ばれる山菜だ。

 

ちょうど4月から5月にかけてが旬であり、

この時期になるとさりげなく市場に出回ってくる。

 

アイヌ料理においては欠かせない山菜であり、

この時期にとれたキトピロは乾燥保存し1年かけて食べる。

スープに入れたり、煮物に入れたりと用途は幅広い。

ちなみに韓国ではキムチにしたりもする。

 

僕らがキトピロを食べに行ったのは、東京中野区にあるアイヌ料理専門店。

キトピロ以外にも、色々なアイヌ料理が楽しめるとのことだった。

 

 

アイヌ料理専門店のレラ・チセ(風の家)。店内にはアイヌの民具が飾られている。

 

店に入るとすぐに2階へと案内された。

雰囲気のある店内。壁際には農具や置物などが飾られている。

ぐるぐるキョロキョロしながら2階のいちばん奥の席に座る。

 

初めての店というのは、いつも気持ちの座りが悪い。

 

さ、まずは、まずは、などと当たり障りのないことをいいながら、

メニューを開いてみると、そこはキトピロと鮭(チェプ)のオンパレードだった。

 

キトピロのおひたし、酢味噌あえ、卵とじ……。

チェプルイベ、チェプ焼き、チェプとば……。

 

「うーむ、どれもうまそうですな」

「キトピロもチャプも全部食べたいですな」

「チャプじゃなくてチェプですよ。そこのお兄さん」

 

「韓国料理のチャプチェに鮭入れたらすごいことになるね」

「チャプチェ?」

「うん、チャプチェ」

「要はチェプチャプチェになるって言いたいのね」

 

「そうそう。早口言葉にしたら間違いなく舌を噛む」

「鮭の入ったチャプチェってうまいかなあ」

「ま、それなりに食えるんじゃない」

 

間抜けな会話を交わしつつ、オーダーを決めていく。

ここに来るきっかけとなったキトピロ丼は最後のシメとし、

まずはは酒の肴になりそうなものを選んだ。

 

実際にオーダーしたものは以下の通り。

 

・メフン

・キトピロのおひたし

・チェプルイベ

・チェプ焼き

・エゾシカのステーキ

・ジャガバター

 

ちなみにメフンは鮭の背ワタの塩漬け。

チェプルイベは凍らせた鮭の刺身のことである。

メフン、おひたし、ルイベの3種がトントンとリズムよく出てきた。

 

「このメフンはなかなか酒がすすむねえ」

「要は鮭の塩辛ってことだね」

「ちょっとノドにつかえるのが難だね。メフンメフン」

「無理にむせなくていいの。大体、塩辛がノドにつかえる訳ないでしょ」

 

「ん!このおひたし本当にニンニクの香りがする」

「ほんとだ。見た目は細ネギとかニラっぽいけど確かにニンニクだね」

「これはうまいよ。メフンメフン」

「ええいしつこい」

 

ニンニクの香りがふわっと漂ってくるが、

口に入れたその瞬間だけ軽く鼻をかすめていく感じ。

香りの質がニンニクよりもはるかに淡く軽い。

 

例えば、ホウレンソウのナムルもニンニクを入れるが、

似ているようにみえて、味の本質はまったく違う。

外を覆う香りではなく、内からにじみ出る香りなのだ。

 

チャガルチ市場では生でかじったため臭いを感じたが、

熱を通すと実に柔らかないい香りに姿を変える。

ニンニクや、ニンニクの芽ともまた違った独特の風味だ。

 

一連の鮭(チェプ)料理もたいへん美味である。

ルイベも、焼いたものも、脂の乗りからして全然違う。

ぷくっと肉厚で、見た目の質感もどこか盛り上がってみえる。

 

エゾシカのステーキは若干固めの肉質。

ちょうど中が微妙に赤いくらいの焼き加減なので、

噛み締めるとじわじわ肉汁が染み出てくる。

 

ジャガバターはメフンと一緒に食べるとうまかった。

北海道では茹でたジャガイモにイカの塩辛を乗せて食べるというが、

イカに限らず、サケでもかなりうまいということがわかった。

塩辛の濃い塩気ととろっとした食感が、ホクホクのジャガイモによく合う。

 

  

  

左上から右下に、メフン、キトピロのおひたし、チェプルイベ、チェプ焼き、エゾシカのステーキ、オハウ。どれもたいへん美味。

 

「うん、どれもうまいじゃないかアイヌ料理」

「鮭もジャガイモもいい味だよね」

「これならシメのキトピロ丼もかなり期待できるんじゃないかな」

「うん。そろそろ頼むとしようか」

 

「キトピロ丼にはオハウっていう汁物をつけるといいらしいよ」

「いいですねえ、オハウ」

「わかったふりしてるけど知らないでしょ。オハウ」

 

「オー、ハァウ!」

「外国人のわからないポーズでごまかしてもダメ。そもそもハウじゃなくてノウ」

「おっはーう!」

「慎吾ママももう古いから」

 

どこまでいっても間抜けな会話はかわらない。

迷走する話題を楽しみつつ、キトピロ丼とオハウを注文した。

オハウは鮭でダシをとった野菜たっぷりのスープだ。

 

キトピロ丼は大と小があり、これまでだいぶ食べてきたので小を頼んだ。

結果的にこれが大正解で、小でも充分なボリュームがあった。

中サイズの丼に、たっぷりの卵でとじたキトピロ。

中央にちょこんと刻み海苔が散らされている。

 

これを見た瞬間、店に来る前から続いていた間抜けな会話がピタリと止まった。

 

オハウを一口すすって鮭の旨みを楽しみ、

返す刀でキトピロ丼に箸を伸ばす。

 

卵のふわっとした食感。淡いキトピロの香り。

口当たりはニラ玉にも似ているが、香りがはるかに上品である。

ニンニクの香りはするが青臭さや刺激はまったく感じない。

むしろとろっとした粘性の甘みすら感じる。

 

一気に半分くらいまで食べ進み、

そこでふと我に返ってお互いの顔を見た。

 

「うまいよ。これ」

「うん、うまいうまい」

 

短い感想を述べ合って、キトピロ丼の残りに再突撃する。

野菜と鮭の味がからみあうオハウも含めて、

食べ終わるまで実に静かな食卓となった。

 

 

韓国語でサンマヌル。アイヌ語でキトピロ。

日本語ではギョウジャニンニク。

 

今まではほとんど意識しなかった食材だが、

食べてみたら驚くほど美味しい山菜だった。

 

4月から5月にかけてが旬。

 

春を感じる楽しみがまたひとつ増えた。

 

キトピロ丼。キトピロどーん!

 

<美味なる料理データ>

美味なる料理 :キトピロ

美味なるエリア:北海道全域

美味なる種類 :野菜料理

美味なる価格帯:3001000

 

<美味なる料理リンク>

レラ・チセ(風の家) 公式ページ

http://www2.odn.ne.jp/rera/

 

 

 

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