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コリアうめーや!!第86号

 

 

<ごあいさつ>

10月になりました。

今年の日本は台風の当たり年。

本格的な秋を迎えようとする中、

まだまだ夏が勢力を残しているような気がします。

そのうち一気に涼しくなるのでしょうが、

どうも秋の気分に浸ることができません。

メリハリのきいた四季を楽しみたい。

などと、本音を語ってしまう今日この頃です。

昨夜などは帰り道にオリオン座を見てしまいました。

自分が半袖でいるのが、不思議でたまりません。

さて、今号のコリアうめーや!!ですが、

長い年月の集大成といった料理を紹介します。

春夏秋冬。めぐる季節がくれる旬という贈り物を、

ひょいと飛び越える、珍しい味の探求です。

コリアうめーや!!第86号。

顎関節のあたりに、きゅっとくるスタートです。

 

<すっぱい、辛い、そしてうまい!!>

東京の韓国料理店でアルバイトをしていた頃。

僕は日本に住む日本人でありながら、明らかなる外国人だった。

 

理由は単純である。

 

僕以外の従業員がすべて韓国人であり、

店に来るお客さんも、大半が韓国人であったからだ。

 

公用語は韓国語。日本語は補助的な第2言語。

お客さんからは韓国語で注文を受け、それを韓国語で厨房に通す。

電話も韓国語で受け、休憩時間の雑談も韓国語だった。

 

僕は店で唯一、韓国語を自由に操れない人であり、

同僚の助けなしには、仕事もろくに出来ないおマメ的存在だった。

お客さんの言葉も、店の人の言葉も100%は理解できず、

語学力よりも、想像力を駆使して働いていた。

 

「すいません、ティッカンはどこですか?」

 

ティッカン……。そんな単語は知らない。

ティッカン、ティッカン、ティッカン……。

 

えーと、どこですかってことは場所を聞いているのであり、

ここは飲食店で、お客さんが場所を聞くところといえば……。

むむむむむむ、えーとえーとえーと……。

 

「あちらですっ!」

 

僕はビシッとトイレのほうを指さす。

そして、慌てて同僚のところに行って尋ねる。

 

「ねえ! ティッカンって何?」

「ん? あー、トイレのことだよ」

「トイレ! よかった、合ってたぁ……」

 

ほっと胸をなでおろす。

だが、うまくゆくことばかりではない。

その逆で、想像力のために失敗することもあった。

 

「すいません。ナントカサイダーをください」

 

ナントカサイダー。ナントカってなんだ?

わからないけれど、とりあえずサイダーはサイダーだろう。

僕は冷蔵庫を開けて、三ツ矢サイダーを持っていく。

 

「サイダーでございますっ!」

 

が、お客さんは渋い表情で僕を見る。

 

「サイダー? 違うよ。玉サイダーだって言ったじゃない」

「え、え? す、すいません。失礼しました」

 

そしてまた同僚のところへと急ぐ。

 

「ねぇ! た、玉サイダーって何?」

「ん? あー、ラムネのことだよ」

「ら、ラムネかぁっ!」

 

そんなやりとりが毎日あった。

ある意味、非常にスリリングな日々だったと言える。

 

そういえば「シンキムチ」という単語を覚えたのも、

こうしたお客さんとのやりとりからだった。

 

「すいません。シンキムチください」

「シンキムチ???」

 

「シン」というと「新」キムチか?

いや、もしかすると「辛」キムチかも……。

想像力を働かせて考える。だが結果は、

 

「シン(すっぱい)キムチ」だった。

 

あー、なるほど。僕は納得してキムチを運ぶ。

韓国の人は、本当にすっぱいキムチが大好きだ。

 

  

  

いろいろな白菜キムチ。

 

なんのこっちゃわからん前置きになったが、

今日のテーマはこのすっぱいキムチ。

 

日本では酸味よりも、甘味、旨味の濃いキムチが好まれるが、

韓国人はかなり発酵の進んだキムチも平気で食べる。

というより、むしろ好んで食べる人も少なくない。

 

キムチは保存食品なので、保存方法を間違えなければ痛むことはない。

漬けてから時間のたったキムチも、楽しむべき味のひとつなのだ。

 

もともと白菜のキムチは野菜がなくなる冬に、

ビタミン不足を補う目的で食べられていたもの。

そのため、韓国では11月から12月にかけて、

保存食として一冬分のキムチを漬ける。

 

この冬の恒例行事をキムジャンと言い、

ひとつの家で100株もの白菜を漬け込んだりする。

そして、このキムチを春の山菜が出てくるまで、

少しずつ大事に大事に食べるのだ。

 

昔は冷蔵庫などなかったから、キムチは甕に入れて庭に埋めた。

韓国の冬は日中でも気温が零下まで下がる。

家を一歩出れば、そこは天然の冷蔵庫である。

 

こうして熟成に熟成を重ねたキムチは、

酸味とともに、奥行きの深いうまさがにじみ出てくる。

 

キムチを口に放り込むと、ピリピリした刺激がまず襲い、

ぎゅっとかみしめると、辛いエキスがぴゅっと飛び出てくる。

これらの酸味、辛味が絶妙に絡まりあって、

 

「ごはん、おかわりっ!」

 

といううまさをかもし出す。

韓国料理にはやっぱりキムチが欠かせない。

 

そしてこのすっぱくなったキムチ。

そのまま食べてもうまいが、熱を加えるとさらにうまくなる。

その代表格が鍋でぐつぐつ煮込んで作るチゲ。

キムチの味が熱でさらに活性化するのだ。

 

特にすっぱいキムチで作ったチゲがおいしい。

普通のキムチで作るチゲよりも何倍もおいしい。

 

煮立ったスープを一口すすると、

熱い液体が、喉元をチリチリと焼きながら流れ落ちる。

口の中にはじわっと広がる心地よい酸味。そして唐辛子の刺激。

 

「くはあぁぁぁ……」

 

チゲの熱さは胃に到達したところで跳ね返り、

今度は熱い至福のため息となって口から漏れ出てくる。

韓国のチゲは、この世の極楽を具現化したような料理だ。

 

  

キムチを甕で保存する家庭は少なくなった。最近はキムチ冷蔵庫がほとんど。

 

通常のキムチチゲでも、これだけの極楽気分を味わえるが、

つい先日、究極の極楽ともいえるキムチチゲを食べてしまった。

 

それはまさに感涙的な体験。極楽の中の極楽。

 

その極楽度合いを口で説明するのは難しいが、試みに書いてみると、

風呂につかって「はぁ、ごくらくごくらく」とつぶやいているところへ、

ゴクラクチョウと、極楽とんぼが乱入してくるくらいの極楽である。

 

驚くなかれ。

 

なんと、2年間熟成させたキムチで作る、

超キムチチゲ的キムチチゲを食べてきたのだ。

 

 

「そ、それは食べても平気なの?」

 

と、思わず問い詰め顔になってしまう人は、

ちょっと前まで戻って、僕が書いたことを確認して欲しい。

 

キムチは保存食品であり、保存方法を間違えなければ痛むことはないのだ。

 

ちなみに僕の行った店は、ゲルマニウム貯蔵庫なる、

聞いただけでもひれ伏してしまいそうな設備でキムチを保存している。

冷暗所で温度管理をきちんとすれば、キムチは2年でも充分にもつ。

 

訪れた場所はソウルの南東、蚕室(チャムシル)と呼ばれるエリア。

駅から10分ほど歩いた、知る人ぞ知る場所にその店はあった。

聞くところによると、食事時には長い行列ができるという。

 

  

韓国の市場ではたくさんのキムチが売られている。

 

店に入って席につくと、テーブルにはキムチの壷が置かれていた。

中をのぞいてみると、2年モノのキムチがぎっしり詰まっている。

 

「まずはこのキムチをそのまま食べ、しかるのちにチゲで味わう」

 

とは、この店を紹介してくれた人の弁。

早速、壷からキムチを取り出し、ハサミでジャキジャキ切る。

 

「こ、これが2年モノのキムチか……」

 

2年という月日は長い。

若干の緊張とともに口へ運ぶと、

しびれるような、独特の感覚が舌の上に広がった。

 

それは酸味を超えた、骨董的味わい。

だが、それが驚くほどにうまい。

 

「むむ、こ、これは本当にうまい……」

 

思わず背筋がピンとなってしまうほど厳かな味。

2年という歳月を否応なく直視させられるその味は、

 

「超うま!」

 

などといった軽々しい褒め言葉では語れない、

地に足のついた重厚なうまさであった。

 

神々しさすら感じつつ、神妙な顔つきでキムチを食べる。

 

  

2年熟成のキムチ。全体的にしなっとしており、葉のあたりは色もややくすんでいる。

 

そして、いよいよチゲが登場。

 

普通のものよりも一回り大きい鍋が、それぞれの前にドンと置かれる。

とにかくでかい。立ち上る湯気の量も半端ではない。

スープはこれでもかというくらい煮えたぎっており、

あたりはグツグツとモウモウで埋め尽くされた。

 

ガマンできずにスプーンを突っ込む。

 

汁をずずっとすすると、先ほど味わった骨董的酸味が、

より力強い味わいになって口の中に広がった。

 

すっぱいだけではない。どっしりとしたコクを感じる。

 

また普通のキムチチゲよりも、はるかに強い酸味であるにもかかわらず、

嫌なトゲトゲしさがなく、むしろまろやかですらあった。

 

キムチの酸味を包む、何か別の存在がある……。

 

そう分析しつつ食べていると、

その原因とおぼしき具が、底からほじくり出されてきた。

 

それはゴロゴロと分厚く切られた豚肉。

 

「こ、これか!」

 

普通チゲに入る豚肉よりもはるかに大きい。

これがラーメンならチャーシューメンを名乗れそうなくらいだ。

 

酸味のきいたキムチと豚肉の相性は抜群。

豚肉から出るコクと脂分が、キムチの酸味を優しくなだめ、

豚肉もまた、キムチとの相乗効果で味がよくなっている。

 

「うーん。すごい……」

 

絶対食べきれないボリュームと思われたキムチチゲは、

ふと気付くと、真っ黒な鍋底がしっかりと露出していた。

旨味たっぷりの汁も、ゴロゴロ出てくる分厚い豚肉も、

ただの一滴、ただの一切れすら、残すことはできなかった。

 

満腹という言葉が、どうでもよくなる味。

夢中で食べ終えると、身体中が汗ダクになっていた。

スポーツの後にも似た、爽快感がそこにはあった。

 

  

2年熟成のキムチチゲ。豚肉も力を発揮している。

 

キムチと豚肉の相性は抜群。

すっぱくなったキムチはチゲに最適。

 

どちらも、キムチを語る上で重要な格言だが、

その両者に贅を尽くした場合、その喜びはぐんと跳ね上がる。

「1×1」は「1」だが、「2×2」は「4」。

そんな掛け算の法則が、ぴったりと当てはまる料理だった。

 

僕はこのキムチチゲを心から褒め称えたい。

「うまい」という賛辞を越え、「偉い」とすら表現したい。

 

2年間熟成させたキムチは偉い。

そのキムチの味をいかした豚肉も偉い。

そして、その両者が活躍する舞台となった、

キムチチゲという料理は何よりも偉い。

 

2年熟成キムチチゲは偉い。

 

2年という月日を、僕もキムチのように生きたい。

 

<おまけ>

熟成させたキムチの味は素晴らしいですが、漬けたてのみずみずしい味を残したキムチも負けてはおりません。白菜の繊維をシャキッと歯で断ち切る喜びは、熟成キムチにはありえないものです。どちらも甲乙つけがたいほど魅力的。それがキムチのよさではないかと思います。

 

<お知らせ>

キムチチゲの写真がホームページで見られます。

よかったらのぞいてみてください。

http://www.koparis.com/~hatta/

 

<お知らせ2>

宝島社より『あの人の国、「韓国」が大好き。』という本が発売になりました。今年2月に発売されて大好評だった『あの人の国、「韓国」を知りたい。』の第2弾です。前回同様、ドラマ、映画、音楽、文化にいたるまで、最新の韓国情報が盛りだくさん。八田氏は食関連のページを担当しています。そしてもう1点。2月に発売された『あの人の国、「韓国」を知りたい。』のほうも、同時に文庫化されて発売になっております。ほぼ同じ中身で、こちらはなんと600円(税別)。前回買い逃した方は、こちらもオススメです。詳細は以下のページをご参考ください。

 

『あの人の国、「韓国」が大好き。』

http://tkj.jp/bessatsu/4796643079/

 

『あの人の国、「韓国」を知りたい。(文庫版)』

http://tkj.jp/bunko/4796643095/

 

<八田氏の独り言>

冬のソナタをやっと全部見ました。

感動はともかく、達成感でいっぱいです。

 

コリアうめーや!!第86号

2004年10月1日

発行人 八田 靖史

hachimax@hotmail.com

 

 

 

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