コリアうめーや!!メルマガバックナンバー
コリアうめーや!!第144号
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<ごあいさつ> 3月になりました。 春の訪れに気持ちが浮き立つ時期ですが、 それと同時に花粉症の被害にも悩まされます。 数日前から症状が目に見えて重くなり、 目は絶えずシバシバ、鼻づまりもひどい状態です。 呼吸がままならないので集中力も低下し、 仕事をしていても、いつもよりはかどりません。 杉のない場所、例えば韓国に行けば治るんですけどね。 ただ、この時期は韓国に行っても黄砂の被害があり、 無条件に韓国がよいとはいえないところです。 花見の季節、新緑の季節が待ち遠しい。 そんな3月になるような気がしています。 さて、そんな中、今号のメルマガですが、 年末の訪韓話を終え、今度は1月末の話に続きます。 釜山、ソウルと1週間ほど滞在をしてきましたので、 その中からいくつか書いていく予定です。 コリアうめーや!!第144号。 地味さに光を当てる、スタートです。 |
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<僕らはオコゲの喜びを忘れてよいのか!!> 「3人寄れば文殊の知恵」という諺がある。 たとえ凡人でも3人集まって知恵を絞れば、 知恵の神様、文殊菩薩に匹敵するという意味だ。 ひとりでは思いつかないようなアイデアも期待できるし、 アイデアをさらに磨いたり、問題点を討議することも可能である。 昔の人はなかなかうまいことを言ったものだ。 ただし、現実には人選がかなり重要になるだろう。 アホが3人集まっただけではあまり意味がない。 同レベルで悩み、同レベルでろくなアイデアが出ず、 問題は微塵も解決せぬまま、時間だけが過ぎていく。 「諺のウソツキ!」 などという責任転嫁100%の愚痴が飛び出し、 場合によっては、その後の議論が諺の正当性へと移る。 「3人集まっても何も解決しないじゃないか!」 「おれは昔から諺なんか信じなかった!」 「そうだそうだ。諺なんてウソばっかりだ!」 などと本来の問題を忘れてエスカレートすることも。 そうして時間はますます浪費されていく。 でも諺って、よく出来ているんだよね。 3人寄って知恵が浮かばないのであれば、 それは単純にメンバーが「烏合の衆」だということ。 諺は時に一方向の真実だが、反対方向の諺も存在する。 「3度目の正直」には「2度あることは3度ある」。 「渡る世間に鬼はなし」には「人を見たら泥棒と思え」。 「好きこそものの上手なれ」には「下手の横好き」。 ひとつの諺で補えない部分は、別の諺でフォロー。 昔の人はやっぱりうまいことを言ったと思う。 と、いきなり迷走気味に妙な話をしてしまったが、 書きたかったのは、冒頭の諺をいじった自分流のパロディ。 僕が思いついたのはこんなフレーズである。 「3回食えば文殊の知恵」 僕は韓国に行くと、日々メルマガを意識しながら食事をする。 料理によっては1回の食事で1本のメルマガを書けるが、 思いのほか期待はずれだったりすると、それは無駄な食事となる。 仮に美味しくても、地味な料理だったりするとそれも難しい。 だが、それも重なってくると話は別なのだ。 最近の例だと、第141号の赤ワインなどがそう。 意図はしていなかったが、偶然赤ワインを飲む食事が重なり、 見事、1本のネタとして成立した。 ネタとして弱いと思ったら、むしろ積極的に重ねてみる。 1本の矢は折れても、3本の矢なら簡単には折れないのだ。 というわけで「3回食えば文殊の知恵」が今回のテーマ。 原子力発電所なみのエネルギーで書いてみたい。 いや、それは「もんじゅ」だ。 |
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凡人が3人で文殊の知恵。ならばこの方々が3人集まったら、どのような知恵が生まれるのだろうか。 |
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今回美味しかったのに地味だった料理はヌルンジ。 料理と言ってよいものかも悩ましいところだが、 ごはんのオコゲに、水やお茶を注いで火にかけたもの。 味付けはせずに、それだけで食べるのだが、 ほのかな米と水の甘味が感じられて美味しい。 香ばしい味のお茶漬けといった感じだ。 最初に食べたのは、釜山の広安里(クァンアルリ)。 海岸沿いのリゾート地域で、夏は海水浴場として賑わう。 1月末というシーズンオフ真っ只中に出かけた理由は、 「広安里に行ってプルタクを食うぞ!」 という宣言が高らかになされたためだった。 宣言の主は、メルマガ第140号にも登場したあのお方。 ルイヴィトンのベルトを所望したお父さんである。 今回も、釜山滞在中はご自宅に泊めて頂いた。 プルタクというのは激辛味に仕立てた鶏肉のグリル。 韓国人でも食べられないくらいの辛さを誇り、 2004年頃に爆発的なブームとなった。 今は全国各地にプルタク専門店が林立しているが、 お父さんたちは、ずっと日本にいたのでこのブームとは無縁。 帰国してから、このプルタクという新しい料理を知り、 いい機会だから、ということで食べる気になったらしい。 ただ、僕自身はすでに何度か食べた経験があり、 メルマガのネタとしても、すでに第82号で使っている。 「それはネタにならないので別のものを……」 というセリフが一瞬、ノドから出かけたが、 お父さんの盛り上がりを見ると、それは言えなかった。 しかも、実際に食べての感想が、 「ま、辛いけど騒ぐほどではないな」 という程度だったので、ましてネタにならない。 同じく第140号に登場した娘婿さんだけが、 辛いものが苦手とかで、大汗をかきながら食べていた。 韓国人でも辛いものが苦手な人はいる。 という1行で話が終わってしまう食事であった。 だが、それを「文殊の知恵」で救ってみる。 プルタクと必ずセットで頼まれるのがヌルンジ。 なにしろ辛い料理なので、舌をなだめるものが必要なのだ。 猛烈な辛さを楽しみつつ、我慢できなくなったらヌルンジを食べる。 舌が癒えたら、またプルタクへと突撃していくのだ。 ヌルンジがあるからこそプルタクが生きる。 縁の下の力持ち的料理だが、今回はこの料理が主役だ。 |
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とっても辛いプルタク(左上)とそれをなだめるヌルンジ(右上)。いわば「タマネギとハンカチみたいな関係」……の出典がわかる人はご一報を。左下は海産物を辛く味付けしたプルパダ(火の海の意)、右下はタッパル(鶏の足)。 |
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2回目のヌルンジも、やはりお父さんのご自宅。 僕はその日、朝イチで釜山からソウルに行く予定だった。 午後には人に会う約束があったので急がねばならない。 時間がないので朝食はとらずに出かけようとすると、 お母さんがせめてこれだけでもとヌルンジを出してくれた。 韓国の炊飯器にはオコゲを作る機能がついているので、 家庭でも簡単にヌルンジを作ることができる。 用意して頂いたのはヌルンジとキムチがいくつか。 お茶漬けのようにサラサラと短時間で食べられる割に、 胃が温まって、身体の芯がどっしりと落ち着いた。 味といえる味はなくても、香ばしさだけで充分な満足。 そして、妙に懐かしい気分に浸れる味でもある。 思えば、最近の日本ではオコゲを食べる機会が少なくなった。 炊飯器の普及で失敗なしにごはんが炊けるようになったが、 そのぶん、オコゲを楽しむ文化が消えてしまった。 オコゲで作ったおにぎりなどは実に美味しい。 子どもの頃は、父の作るオコゲおにぎりが好きだった。 醤油をかけて混ぜただけの具なしおにぎりだったが、 我が家ではそれを「茶飯」と呼んでよく食べていた。 20数年前の話なので、さすがに釜炊きの時代ではないが、 まだその頃は炊飯器の性能にもムラがあったように思う。 「うんうん、オコゲ懐かしいな……」 などと、味わいながらヌルンジを食べていたら、 出発予定時刻を1時間半もオーバーしてしまった。 危なくソウルでの予定に遅刻するところだった、 というのが、この2つ目の話のオチ。 実際には遅刻しなかったので、オチとしてもやや弱い。 これも「文殊の知恵」で救うことにする。 |
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お母さんが作ってくれた朝ごはん。ヌルンジにキムチがあれば、それだけで充分にご馳走だ。右はお母さんが漬けた大根キムチ。一般的にはチョンガッキムチと呼ばれるが、釜山ではタルランムキムチと呼ぶようだ。 |
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そして最後のヌルンジはやや異色の存在。 ソウルから日本に戻ってくる最後の夜に、 友人と一緒にヌルンジペクスクという料理を食べに行った。 ペクスクというのは鶏を丸ごと水炊きにした料理。 肉はシンプルに粗塩で食べ、煮込んだスープはお粥に仕立てる。 鶏のうまみを余すところなく味わえる料理だ。 ヌルンジペクスクはそのお粥をオコゲで作るのが特徴。 普通にごはんを使うよりも香ばしさが加わる。 逆に考えれば、水でなく鶏スープで作ったヌルンジだ。 このヌルンジペクスクが実に美味しかった。 運ばれてきた大皿の上では鶏がくたくたになっており、 箸を入れるだけで、骨がするっと抜け落ちる。 かといって締まりがない訳ではなく、うまみも濃い。 しかも、高そうな漢方食材がたくさん入っている。 ナツメ、高麗人参、栗、銀杏、ニンニク、ハリギリ。 美味しいだけでなく、身体にもよい料理である。 鶏肉からほのかに香る、漢方食材独特の風味もいい感じだ。 鶏肉が盛られた大皿の下にはヌルンジの釜。 ちょうど大皿でぴったりフタをしたような感じだった。 ほんのりと黄色がかったスープの中央には、 見た目にも香ばしい茶色のオコゲが浮いている。 しかも普通のオコゲではなく、わざわざモチ米を使用。 香ばしさに加え、とろとろもたっとした滑らかさがあった。 あっさりと胃に優しいシンプルなヌルンジもいいが、 鶏肉のうまみと重なり合ったヌルンジはやはり美味しい。 香ばしさ以外、突出した味のないオコゲだけに、 こうしたスープにも、ぴったりと身体を寄せてくる。 鶏がうまくて、仕上げのヌルンジもうまい。 「ヌルンジペクスク最高!」 と大声で叫びたい気分だったのだが、 予想外の角度から、痛恨の出来事がひとつ。 なんとこのヌルンジペクスクの専門店。 これだけ美味しい料理を出しておきながら、 一切の酒類販売を行っていないのだ。 美味しいものを食べながら酒なしという無念。 僕らはそれを知らずに行ってしまったため、 注文時に教えられて、愕然となったのである。 店側の説明によれば、近所に寺があるため、 酒類を販売する許可が下りないとのこと。 だが、そんな話は今まで聞いたこともない。 おそらく客に対する方便で、別に理由がある気もするが、 僕らにとっては酒がないという事実だけで言葉がなかった。 ヌルンジペクスクが見事であっただけに、 それを酒なしで食べるのはある意味拷問にも思えた。 ここに酒があったら、と思いながらの食事は、 結局、中途半端な盛り上がりのまま終わった。 |
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タッペクスク(左上)とチャプサルヌルンジ(右上)。この2品と左下のメミルジョン(ソバ粉のジョン)がセットで出てくる。右下は酒がないのでヤケになって頼んだソバジュース。高麗人参が入っているようで、味は高麗人参ジュースのよう。上の2枚の写真はクリックで拡大可。 拡大左 拡大右 |
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以上が、今回の旅で出会ったヌルンジ3話。 ひとつひとつの話はいかにも地味なのだが、 重ねることで、別の味わいが生まれてこないだろうか。 ヌルンジという地味な料理にも華が生まれ、 「なんか無性にヌルンジが食べたいな」 という気分になって頂ければ幸いである。 あの香ばしい味わいは、鼻腔の奥から食欲が沸く。 日本の食卓からは消えつつあるオコゲの魅力を、 ぜひ、韓国料理で再確認して欲しい。 1度では印象に残らないほど地味な料理なので、 できれば、僕のように続けて3回くらい。 「3回食えば文殊の知恵」 という新しい諺の正しさがわかるはずだ。 だが、それでも感動が沸き起こらなかった場合、 それは「烏合の衆」だったとして素直に諦めて欲しい。 今回のメルマガが強引な理屈のオンパレードで、 まるで説得力が感じられなかったとしても同様。 僕のせいではなく、諺が持つ別の側面なのである。 諺。万歳。 |
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中華料理店のヌルンジ(おこげ)。これも今回食べた料理のひとつだが、「3回食えば〜」のフレーズのせいで、なかったことになった。 |
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<おまけ> メルマガに登場したお店データ 店名:城北洞ヌルンジペクスク 住所:ソウル市城北区城北2洞281-1 電話:02-764-0707 HP:なし |
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<お知らせ> ヌルンジの写真がホームページで見られます。 よかったらのぞいてみてください。 |
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<お知らせ2> 新しい本が発売になりました。 『韓国語会話超入門!ハングルペラペラドリル』 発売日は2月27日なので、 本日あたりから書店にも並んでいるはずです。 出版社はいつも通りGAKKEN(学研)。 2005年に発売された『ハングルドリル』の姉妹編です。 本の詳細についてはコチラをご参照ください。 http://koriume.blog43.fc2.com/blog-entry-412.html アマゾンなどでも好評発売中です。 |
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<八田氏の独り言> 最後に鶏料理を食べたにもかかわらず、 結果が「烏合の衆」とはこれいかに。 |
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コリアうめーや!!第144号 2007年3月1日 発行人 八田 靖史 hachimax@hotmail.com |
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