素朴な疑問研究所

003‐マッコルリとドンドンジュはどう違うのか?

 

 

はじめに

マッコルリとドンドンジュという2種類の民俗酒がある。この2種類の民俗酒は非常によく似ており、多くの人が混同して認識している。人によってはマッコルリのよいものがドンドンジュだといい、またある人はマッコルリの上澄みをドンドンジュだという。ならば、マッコルリを買って来て静かに沈殿させれば、その上澄みをドンドンジュとして飲むことができるのだろうか。マッコルリやドンドンジュについて説明をする資料は、出版された書籍やネット上のコンテンツにも多い。だがこのよく似た両者の違いを明確に説明したものには出会ったことがない。このページではマッコルリとドンドンジュの違いについて詳細な検討を試み、両者の関係をわかりやすく区別したいと思う。

 

マッコルリとは

マッコルリとドンドンジュの違いを考える前に、まずはひとつひとつについて検証をしてみたい。マッコルリとは、ドンドンジュとは一体どのような酒なのだろうか。鄭大聲によって書かれた『焼肉は好きですか?』という本によればマッコルリの「『マッ』とは、『粗雑に』とか『一緒くたに』などの意味」であり、「『コルリ』とは『濾す』との意である」[鄭大聲2001:216]そうだ。すなわちマッコルリは「粗く濾した酒」という意味であり、民俗酒場などで飲むマッコルリが濁っていることからみても、まずこのイメージはつかみやすいと思われる。

 

ドンドンジュとは

これに対してドンドンジュの説明は難解である。マッコルリについて説明した鄭大聲の本からさらに引用してみよう。「『トンドン酒』というのがある。マッコルリタイプの濁り酒ではあるが、これはよく知られた酒である。トンドンとは『浮き上がってくる』様子のことを意味する。酒が発酵するとガスが発生する。そのとき下から湧き上がるように、米の粒の抜け殻が浮いてくる。米粒の成分はアルコールに抽出され、粕が形を崩さずそのまま浮くのである。この状態から『トンドン酒』、『トンドンスル(スルとは酒)』と名付けられた」[鄭大聲2001:218]。

 ドンドンジュが米粒の浮き上がっている様子から名付けられたという説明はあちこちに出てくる。またこの米粒が浮く様子は、蟻が浮いているように見えることから、「浮蟻酒(プイジュ)」と呼ばれることもある。ドンドンジュの解説には必ずこの文句が付け加えられており、米粒がぷかぷかと浮いているからドンドンジュ、蟻に似ているから浮蟻酒、の説明はドンドンジュを語る上で不可欠のようだ。

 

マッコルリとドンドンジュの違い

 このふたつの定義をもってマッコルリとドンドンジュの違いを明確にすることは可能だろうか。マッコルリは粗く濾した酒で、ドンドンジュは米粒が浮いた酒。一応の説明を受けてはいるが、どうしてもその説明で理解した気にはなれない。一体この両者の違いはどこにあるのだろうか。もっと掘り下げて検討する必要がある。

 

農酒とは

 少し寄り道して農酒という呼び方について確認しておく。姜仁姫が「マッコルリはまた濁酒とも言ったが、アルコール成分が少ないのに比べ、重い舌ざわりがあり、野良仕事を終えた農民たちが『農酒』として好んで飲んでいた」[姜仁姫 2000:260]と述べているように、マッコルリと農酒は同一のものとして考えられる。農酒はマッコルリの別称として理解することにする。

 

清酒と濁酒について

 マッコルリについて調べていくと「清酒」と「濁酒」という2種類の分類法に出会う。言うまでもなくマッコルリは濁酒のほうに分類される。ヤフーコリアの百科辞典によればマッコルリは「もち米、うるち米、麦、小麦粉などを蒸し、麹と水を混ぜて発酵させた韓国固有の酒」であり「濁酒、農酒、滓酒、灰酒とも言う」[リンク(1)]そうだ。

ではこの清酒と濁酒という2つの分類はどうなっているのだろう。この解説は佐々木道雄の書いた『朝鮮の食と文化−日本・中国との比較から見えてくるもの』に詳しい。この中で佐々木は次のように述べている。「朝鮮の酒造りはその家ごとに造るのが伝統」であり、「このうちのかなりの数が、清酒(薬酒という)となったりマッコリ(濁酒)となったりする。酒を醸して、上澄みをすくい取ったり、こして得られたものが薬酒。この残りに水を混ぜて揉み、粗くこしたものがマッコリである。薬酒とマッコリの区別は、造り方(醸造のし方)というより、こす方法などによる酒の清・濁によってきまる。勿論、薬酒を取らず、すべてマッコリにすることもある」[佐々木道雄 1996:210] 。

 

清酒とドンドンジュについて

 マッコルリの上澄みがドンドンジュであるという解説はネットなどでも見かけるので、かなり広範囲に知られる説のようだ。だが佐々木の説明によればマッコルリの上澄みは清酒であり、ドンドンジュではなかった。それとも「清酒=ドンドンジュ」なのだろうか。

 だがヤフーコリアの百科辞典ではドンドンジュを「清酒を取らず米粒がそのまま浮いている酒」[リンク(2)]と定義している。すなわちドンドンジュからも清酒が取れるのであり、ドンドンジュは清酒を取らずに米粒を浮かしたままのものを指すのである。この両者をつき合わせると、マッコルリの上澄みは清酒であり、ドンドンジュの上澄みも清酒であることになる。するとマッコルリもドンドンジュも本質的には同じものだということなのだろうか。

 

ドンドンジュの歴史

 ドンドンジュをもっと詳しく理解するためにその歴史をさかのぼってみよう。ドンドンジュの歴史を知る最もよい資料として1670年頃に書かれた『飲食知味方』という本がある。この本は慶尚北道英陽郡に住む両班家庭の夫人によって書かれた本で、中国の文献などとはまったく関係なしに、昔から伝えられてきた伝統的な家庭の味をそのまま子孫に伝えることを目的として書かれた。女性によって書かれた料理書としてはアジアで最も古く、当時の食文化を知る上でも非常に貴重な文献であるといえる。この本の中には51種類もの酒の醸造方法が書かれており、当時一般的に飲まれていた家醸酒(カヤンジュ)について詳しく知ることができる。ちなみに家醸酒とは家庭で醸造する酒という意味で、前に佐々木の言葉を引用したように「朝鮮の酒造りはその家ごとに造るのが伝統」[佐々木道雄 1996:210]ということを表している。

 この『飲食知味方』に浮蟻酒(ドンドンジュ)の造り方が書かれている。それを引用してみよう。

 

「沸かし湯を三瓶冷まし、麹の粉一升とよくまぜて一晩ねかしておく。糯米一斗をよく洗って蒸し、器に一杯にして仕込む。仕込んでから三日も経てば、きれいに熟成し、米粒が浮いてくる。酒はきつくて甘く、夏に用いるのに適している」 [鄭大聲1982:116、117]

 

 この『飲食知味方』に書かれている浮蟻酒以外の酒の造り方を見ていて、あることに気づいた。全部で51種類もの酒がある中で、わざわざ浮蟻酒という名前がつけられているということは、その造り方が特異であるということだ。簡単に言えば、米粒が浮かないように造られる酒がほとんどだということである。

 詳細な造り方は省くが、ほとんどの酒において、酒の醸造は白米をきれいな粉にするところから始まる。あるいはどろどろの粥状にすることもあるが、浮蟻酒のようによく洗って蒸すだけというのはほとんど例外に近い造り方である。こうした独特の造り方をするために出来あがりも米粒が浮くという特異なものになり、そのため浮蟻酒、あるいはドンドンジュという名前がつけられたのだろう。

 

51種類の酒について

 ドンドンジュ(浮蟻酒)が特異な酒だということはわかった。もちろん他の51種類もそれぞれに特徴があるため、別の意味で特異な酒であることは間違いないが、まず言えることは、この時期に家庭で造られていた酒は非常に種類豊富だったということだ。それを踏まえた上で、もう1度清酒と濁酒の定義に戻ってみたい。

清酒とは酒の上澄み部分で、濁酒は上澄みを取った残りに水を加えて粗く濾したものだった。ヤフーコリアの百科辞典の定義によればドンドンジュとは清酒を取る前の米粒が浮いた酒であった。すなわちドンドンジュからは清酒が取れるのである。ドンドンジュの上澄みが清酒、そして上澄みを取った残りの部分に水を加えて粗く濾せばマッコルリになる。この解釈がまず重要だ。そしてそれは『飲食知味方』であげられた51種類すべてに言えることでもある。

 

マッコルリについて

 ヤフーコリア百科辞典からマッコルリの記述を引用してみる。

 

「もち米、うるち米、麦、小麦粉などを蒸し、麹と水を混ぜて発酵させた韓国固有の酒。濁酒、農酒、滓酒、灰酒ともいう。韓国で歴史が最も古い酒で、色が米のとぎ汁のように濁っており、6〜7度とアルコール度数が低い酒である。製造方法は主にもち米、うるち米、麦、小麦粉などを蒸した後、乾燥させ(これをチエパプ〔蒸し飯〕という)、麹と水を混ぜて一定の温度で発酵させたものを、清酒をとらずにそのまま濾して絞る。(中略) これにヨンス〔酒や醤油を濾すための萩や竹で作った筒状のざる〕を入れて汲み取ると清酒になる。この時、もち米を原料としたものをチャプサルマッコルリ〔もち米のマッコルリ〕と呼び、濾さずにそのまま米粒が漬かったまま浮いているものをドンドンジュと呼ぶ」[リンク(1)]。 〔 〕内は訳註

 

 ここで注目すべきは「ヨンスを入れて汲み取ると清酒に」なり、もち米を原料としたものの内「濾さずにそのまま米粒がつかったまま浮いているものをドンドンジュと呼ぶ」と定義している部分である。

 

結論

『飲食知味方』に書かれた51種類の酒が韓国民俗酒のすべてではないが、数ある民俗酒のひとつがドンドンジュ(浮蟻酒)であるという認識は必要である。そのドンドンジュの上澄みが清酒になり、清酒をとった残りのものに水を加えて粗く濾したものがマッコルリである。ただし清酒をとらなくともそのまま粗く濾せばマッコルリになるという条件も一緒に抑えておきたい。

 それと同時にドンドンジュ以外の民俗酒でも清酒、およびマッコルリは造れることを指摘しておかねばならない。酒の造り方、種類はどうあれ、米、麹、水を原料として発酵させたものの上澄みが清酒、上澄みを取った残りに水を加え粗く濾したものがマッコルリである以上、その種類は無数に存在するといえる。ドンドンジュから清酒を取り、または清酒を取らずに粗く濾したものをマッコルリと定義することができるが、マッコルリの種類は無数に存在するため、マッコルリ側からドンドンジュを定義することはできない。マッコルリはあくまでも多くの酒を総合するカテゴリーのひとつ。ドンドンジュはそのカテゴリーの中に入る酒のひとつなのである。

 

おわりに

 マッコルリの歴史を語る上で、植民地時代の話は避けて通れない。古くから韓国で造られてきた酒は家庭で造る家醸酒であったが、「家醸酒は、二十世紀に入り、日本の植民地統治下における税制(1910年)によって消えていった」[鄭大聲2002:76]。こうした中で唯一生き残ったのが醸造日数もかからず手軽に造れるマッコルリであった。複雑な手間のかかる酒は廃れ、種類豊富な酒から造られていたマッコルリが、いつしかマッコルリを造ることを目的として造られるようになった。こうして韓国を代表する民俗酒はマッコルリへととってかわったのである。マッコルリが酒の総称であったところから、ひとつのブランドへと変化し、ドンドンジュと混同されるようになっていったのはこのような理由からであると思われる。

 

<参考文献>

姜仁姫(著)、玄順恵(訳)、2000、『韓国食生活史』、藤原書店

佐々木道雄、1996、『朝鮮の食と文化−日本・中国との比較から見えてくるもの』、むくげの会

鄭大聲(編訳)、1982、『朝鮮の料理書』、平凡社

鄭大聲、2001、『焼肉は好きですか?』、新潮社

鄭大聲、2002、「酒」『まるごと韓国−月間しにか2002年4月号別冊』、大修舘書店

黄慧性・石毛直道、2001、『韓国の食』、平凡社

 

<参考リンク>

【ヤフーコリア辞典】

http://kr.alldic.yahoo.com/

【ヤフー百科辞典 マッコルリの項目】 リンク(1)

http://kr.encycl.yahoo.com/final.html?id=59407

【ヤフー百科辞典 ドンドンジュの項目】 リンク(2)

http://kr.encycl.yahoo.com/final.html?id=49627

 

 

 

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